怪人、キリサキさん

 今朝早くに届いた、お仕事の連絡。

 今日は学校もお休みで、久しぶりにゆっくりできると思っていましたけど、仕方がありません。怪異は私達の都合に合わせてはくれないのです。


 と言うわけで、まずは依頼人に会うために、葉月君と合流したのですが。


「……おはよう」

「……おはようございます」


 葉月君が住んでいるのは、同じアパートの隣の部屋。

 私が部屋を出た時、丁度向こうも出てきたところで、挨拶を交わしましたけど。

 今朝あんな夢を見たせいでしょうか。気まずいです。


 あんなのは昔の話。もうとっくに終わったことなのに、頭から離れなくて挨拶もぎこちなくなってしまいました。


 葉月君のことですから「どうしたの、元気無いみたいだけど?」なんて聞かれるかと思いましたけど、何故か向こうも元気が無いように思えます。

 それどころかさっと目を背けられて、これは何かおかしいです。


「あ、あの。どうかしましたか? 何だか様子が変ですけど」

「えっ? いや、大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけだから。トモの方こそ、疲れてない?」

「わ、私も変な夢を見てしまって。お互い夢には、苦労させられますね」


 笑う場面でも無いのに、二人とも乾いた笑いで場を誤魔化そうとして、余計に変な空気になっちゃってます。


 どんな夢か聞かれなかったのが幸いです。

 黒歴史ををほじくり返されるのは、恥ずかしいですもの。


「えーと、とりあえず行こうか」

「は、はい」


 お仕事があるのに、いつまでもこうしているわけにもいきません。

 そんなわけで、葉月君の運転するバイクに乗せてもらって、やって来たのは隣県の町にある一軒家。

 どこにでもある普通のお家で、インターホンを押すと中から40歳くらいの女の人が姿を現しました。


「ええと、アナタ達が祓い屋さん?」

「はい。祓い屋の水原知世と」

「葉月風音って言います。連絡をくれた、矢島さんですね。今日はよろしくお願いします」


 おそらく、思っていたより若い人が来て、驚いているのでしょう。

 矢島さんはキョトンとした顔で私達を見ましたけど、すぐに気を取り直して家の中へと案内してくれました。


「実は相談したいのは、娘のことなんですけど。今年で中二になる娘なのですが、近頃様子がおかしいんです」

「お子さんがいるのですか? おかしいというのは、どんな風に?」

「それは……。私が言うよりも、本人の話を聞いた方が言いかもしれません。ここが娘の部屋です。メイ、入るわよ」


 返事はありませんでしたけど、矢島さんはドアを開けて足を踏み入れる。


 中には学習机やベッド、本やかわいらしいぬいぐるみが並んだ棚があって、いかにも女の子の部屋って感じ。だけど肝心の、娘さんの姿がありません。


 いえ、よく見たら奥のベッドの布団に、人が入っているような膨らみがあります。


 矢島さんはそのベッドに近づいて、そっと布団をはぐ。


「メイ、祓い屋さんが来てくれたわよ」

「祓い屋……さん? 助けてくれるの?」


 布団から顔を出したのは、ウェーブのかかった茶髪のロングヘアーの女の子。

 目が大きくて、キチンと身なりを整えていたら、きっと可愛いでしょう。だけどその目の下にはくっきりとクマができていて、生気の無い顔をしています。


「メイちゃんだね。俺は祓い屋の、葉月風音で、こっちが水原知世。何があったのか、話してくれる?」

「う、ん……。でもその前に、誰も鏡持ってないよね?」

「鏡? 俺は持ってないけど、トモは?」


 聞かれて、首を横に振る。

 生憎鏡やメイク道具を持ち歩くなんて女子力の高い行為は、私には皆無なのです。


 するとメイちゃん、ほっとしたように息をつきます。


「良かった。今はどうしても、鏡を見たくないの」

「それまたどうして?」

「だって鏡を見たら、傷だらけの顔が映っちゃうんだもの」


 自分の頬に手を当てながら、怯えたような表情をするメイちゃん。だけど傷だらけ、ですか?

 メイちゃんは顔色こそ悪いですけど、怪我なんてしていません。

 するとそんな疑問に答えるように、矢島さんが言います。


「この子少し前から鏡を見る度に、顔に傷があるって言うんです。そんなの、どこにも無いって言ってるのに」

「だって、だって本当に見えるんだもの! 夢の中で、キリサキさんに襲われてできた傷が!」


 キリサキさん? 初めて聞く名前に、私達は顔を見合わせる。


「メイちゃん、その『キリサキさん』って言うのは、何者なんですか?」

「え、祓い屋なのに知らないの? キリサキさんって言うのは女子の夢の中に現れて、ナイフで顔をグチャグチャに切りつける怪人。モデル仲間の間では、有名な怪談だよ」


 メイちゃんは信じられないといった様子ですけど、そんな怪談があったなんて知りませんでした。

 祓い屋と言っても、全ての怪談を把握しているわけではないですから。


 葉月君は知ってるでしょうか? そう思って目を向けると、何かを思い出したようにポンと手を叩く。


「そうだ、どこかで聞いた名前だと思ってたけど。君、中学生モデルの、矢島メイだよね」


 え、キリサキさんでなく、そっちに反応するんですか?


 そういえばさっき、モデル仲間って言っていましたけど。生憎私は、モデルに詳しく在りません。

 だけどピンとこないでいると、葉月君がスマホを見せてきます。


「読者モデルだよ。ほら、この雑誌の表紙を飾ってる、この子だよ」


 画面に映っているのはお洒落な服を着てメイクを決めた、可愛い女の子。

 今のメイさんはやつれていて大分印象が違いますけど、これは確かに彼女です。


「モデルさんなんですね。ごめんなさい、私そういうのに詳しくなくて」

「いいんです。モデルと言っても、そんな有名じゃありませんから。あの、それよりもますは……」


 あ、そうです。話が脱線してしまいました。


「それじゃあ話を戻すけど、俺も『キリサキさん』は初耳なんだ。もう少し詳しく聞かせてくれないかな」

「はい。ええと、モデルの先輩けら聞いた話なんですけど。キリサキさんって言うのは醜い容姿をした女の子が死後、妖怪化したんだとか」

「醜い容姿って。何だか身も蓋もない言い方だね」

「あ、あたしが言ったんじゃないから。人から聞いた話なんだから、仕方ないじゃないですか」


 メイさんは慌てたように取り繕う。

 確かに醜いだなんて、あまり良い響きではありませんね。


「キリサキさんはその容姿のせいで、酷いいじめにあって自殺したそうなんです。そしてその反動から、綺麗な人、可愛い子を憎むようになって。夢の中に現れては、ナイフで顔を切り裂いてくるんだって」

「なるほどね。顔を切り裂くから、『キリサキさん』って言うのか」

「はい。最初話を聞いた時は、よくある怪談だと思っていたんだけど……」

「もしかしてメイさん、あなたの夢の中に、そのキリサキさんが現れたのですか?」


 私の問いかけにメイさんはビクッと肩を震わせて、ゆっくりと頷く。


「はい。キリサキさんが何度も夢に出てきて。その度にナイフで顔をえぐられて。もうヤダァ!」

「落ち着いて。そんなの、ただの夢でしょ」

「ただの夢ってなに!? 何度もあんなの見せられて、平気なわけ無いじゃない!」

「ご、ごめん」


 声を上げるメイさんに、お母さんは「ごめん」と圧倒される。

 まあ確かにただの夢でも、心にダメージはきますよね。私もそれはよーくわかっています。


 だけどメイさんの夢は、今朝見た私の夢なんかとは比べ物にならないくらいの、酷い悪夢なのでしょう。

 キリサキさんは容姿を理由にいじめられた腹いせに、可愛い子を襲うって言っていましたけど。メイさんはいじめとは無関係のはず。

 それなのにこんな目に遭わせるなんて、放ってはおけませんね。


「そういえば君、さっき妙なこと言ってたね。鏡を見ると、傷が見えるって。それはいったい?」

「ええと。いつもってわけじゃないんだけど、鏡を見た時たまに、顔に大きな傷ができているように見えることがあるんです。驚いているうちに、いつもの顔に戻っちゃうんですけど、たぶんあれは夢の中で、キリサキさんに襲われてできた傷だと思うんですよ。今はあたしの顔、どうもなってませんよね。傷なんてついてませんよね」

「大丈夫よ。そんな傷どこにもないわ」


 お母さんはメイさんの肩に手を置いて、落ち着かせていますけど。メイさんが怖がるのも無理はありません。


 実際は怪我をしていなくても、そんなものを何度も見せられたのでは気が変になってしまいそうです。


 すると葉月君は何かを思ったように、メイさんの頬にそっと手を触れました。


「そっか、怖い目にあったんだね。でも大丈夫、君のことは必ず俺達が助けるから」

「本当ですか?」

「もちろん。傷のことも心配しないで、そんなものどこにもないし、メイちゃんは可愛いままだから」

「えっ? あ、ありがとうございます」


 可愛い可愛いと励ましながら、ぽんぽんと頭を撫でる葉月君。

 その甲斐あってメイさんは落ち着きを取り戻してきましたけど。ちょっと距離が、近すぎはしませんか? メイさん、顔を赤くしちゃっていますよ。


「俺達に任せておけば大丈夫だから。だよねトモ……って、痛い痛い! 何でつねるのさ?」


 さあ、知りませんよ。

 私は頭を撫でる彼の手を、思いっきりつねってやったのでした。




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