風美ちゃん怒りの一撃
葉月君の術で一時的に霊が見えるようになっていた福沢さんは、さっきまで生霊達がいた場所を見つめながらポカンとしています。
まあ初めて幽霊や除霊の様子を見たのですから、無理も無いですね。
「福沢さん、もう終わりましたよ」
「はっ! 今のが除霊? いやー、まるで映画のワンシーンみたいだったよ。君たちすごいねー」
すぐにいつもの調子に戻って、ヘラヘラと笑う福沢さん。
生霊達はあなたのせいで辛い思いを抱えていたと言うのに、呑気なものです。
「それにしても、本当にあの子達が悪さしてたんだ。ショックだなー。みんないい子だと思ってたのに」
「その事ですけど。たぶんですけどあの生霊達は、本人の意思とは無関係に現れたのだと思います。おそらく本当の彼女達は福沢さんとの約束を守って、みんな仲良くしようと努めていたはずです。ですが……」
「心の中ではやっぱり、今のままじゃ嫌だって思っていたんだろうね。そんな溜まりに溜まった思いが生霊になって、本人の意思とは関係無しに悪さをしてたんだ」
やった事はともかく、彼女達の気持ちを考えると、やっぱり可哀想です。
彼女達はどこかみんな苦しそうで、まるで自分自身まで苦しめているみたいでしたから。
けど……。
「やれやれ、みんなしょうがないなあ。いくら僕のことが好きだからって、せっかくのデートを邪魔するなんてさ。二度とこんなことが起きないよう、これからはもっとしっかりしてもらわないと」
——っ、しっかりってなんですか!
だいたい、誰のせいでこうなったと思ってるんです。元はと言えば、アナタがいいかげんな付き合い方をしたからでしょう!
肩をすくめて勝手なことを言っている福沢さんを見ていると、怒りが沸いてくる。
けど本人はそれに気づく様子もなく。おもむろに葉月君の肩を抱いて、さらには私まで抱き寄せてきました。
「キャッ!? な、何をするんですか!?」
「何って、デートの続きだよ。もう生霊はいなくなったんでしょ。だったら知世ちゃんも隠れてないで、堂々と一緒に回れるでしょ。三人で楽しもうよ♪」
「じょ、冗談じゃ……」
冗談じゃありません。そう言おうとしたけど。
その前に葉月君が福沢さんの手から逃れ、私をベリッと引き剝がします。
うーん。このやり取り、これで何度目でしょう?
そして葉月君は私を守るようにして福沢さんとの間に立つと、彼に冷たい目を向ける。
「ねえ、アンタはさっきの子達を見て、何とも思わなかったの?」
「ははは、もちろん思ったよ。もっとちゃんと教育して、ヤンチャしないようにさせなきゃってね。って、何そんな怖い顔してるの。可愛いのが台無しだよ。スマイルスマイル」
空気が読めないのか、へらへらと笑う福沢さん。
なんですかこの人は。自分が悪いなんて、微塵も思っていないみたいです。
「反省の色無しか。言っとくけど、依頼はもう終わりだから。あたしも知世ちゃんも、これ以上アンタに付き合ったりしないわ」
「そんなこと言わないでさ。せっかく来たんだから、このまま遊んでいこうよ」
「遊ばない。それと…………歯ぁ食いしばれ!」
「えっ……ぶあっ!?」
福沢さんの体が、後ろへとふっ飛びました。勢いよく放たれた葉月君の拳が、彼の顔面をとらえたのです。
弧を描くように飛んで行き、地面に叩きつけられる様子が、まるでスローモーションのように目に映る。
い、痛そう~。葉月君、全然容赦がありません。
地面に倒れた福沢さんは何が起こったのかわからない様子で鼻血を出したながら、殴られた頬を押さえていたけど。葉月君はそんな彼を、冷たく見下ろします。
「何が愛だ、お前は誰のことも愛しちゃいない。モテる自分に酔ってるだけだ! いったいどれだけ人を傷つけてるか、少しは考えろ! 本気で誰かを好きになった事もないくせに、勝手なことばかり言うんじゃない!」
響く怒声に、周りにいた人達は足を止めて注目していますけど、そんなのお構いなしです。
私も声をかけたかったですけど、腕を組み仁王立ちする葉月君の迫力に気圧されるばかり。
けどまあ、言っていることは間違ってはいませんね。私も福沢さんのやり方は、どうかと思いますもの。
「さあ、依頼は果たしたことだし、あたし達はもう行くわ。アンタは一人で勝手に楽しんでなさい。行こう、知世ちゃん」
「は、はい!」
踵を返す葉月君の後を、慌てて追いかける。
途中、福沢さんが何か言ってくるかもと思い振り返りましたけど、彼は地面に座り込んだまま、呆然としています。
殴られたのとさっきの言葉が、ショックだったのかもしれません。
「福沢さんを殴って、よかったのでしょうか? 後でクレームを入れられでもしたら、どうするんです?」
「しょうがないでしょ、ムカついたんだもん。それにあたし達の仕事は霊を祓うだけじゃなくて、再発も防がなきゃいけないじゃない。アイツには誰かが一度、ガツンと言ってあげた方が良いのよ。クレームがきたら、その時はその時よ。責任はちゃんとあたしが取るから、知世ちゃんは心配しないで」
葉月君は怒っていた顔を柔らかくすると、諭すように言う。
ですが。
「あれは連帯責任ですよ。風美ちゃん一人に押し付けたりはしません。私だってパートナーなんですから、責任くらいとらせてください」
「知世ちゃん……ははっ、ありがとう。知世ちゃんは優しいねー。大好き♡」
「ひゃん! く、くっつかないでください。だいたい、いつまでそのキャラやってるんですか!」
もう除霊は終わったと言うのに、ツンデレのデレモードを止める気配がありません。
ううっ、本当ならもっときつく叱ってやめさせたいのに、何だか風美ちゃん相手だと、調子が狂います。まるで本物の女の子と話しているみたいに思えて、強く言えないのですよね。
けど正体は葉月君だってちゃんとわかっているのですから、余計に戸惑ってしまうのですよ。
「まあ何はともあれ、無事除霊も終わったことだし。ついでに、女性限定のケーキバイキングにでも行こうよ。せっかくやりたくもない女装までしてきたんだ。それくらいやらなきゃ損だもの」
「結構ノリノリで女装してるように見えますけど。それに女性限定って、行っても良いのでしょうか?」
「細かいことは気にしない。それとも知世ちゃん、あたしと一緒じゃ嫌なの?」
「べ、別に嫌じゃないですけど……ああ、そんな捨てられた仔犬みたいな目をしないでください! 行きます、行きますから!」
いつもの葉月君に誘われたのなら断ったかもしれませんけど、風美ちゃんがだとどうにも拒否できません。女装力恐るべし。
「じゃあ決まりね。わーい、知世ちゃんとデートだぁ!」
「デートじゃありません! と言うかアナタ、本当に葉月君ですか!? 本物の女の子の霊が憑依していませんか!?」
「さあ、どうかしら? ふふふ、風美の姿だと、お願いし放題ね。こりゃあいいわ、これからちょくちょく女装しちゃおうかなー♪」
何だか風美ちゃんが、不吉な事を言っています。
そんな彼女(?)に手を引かれながら、私達は遊園地を後にするのでした。
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