悲しみを抱えた生霊達

 電車を乗り継いでやって来たのは、県内にある遊園地。

 福沢さんはつれない態度の風美ちゃんを楽しませるべく、張り切っていたのですが。


「風美ちゃんはどれに乗りたい?」

「あのねえ。除霊のために仕方なく、形だけのデートをしてるんだから、遊んでる場合じゃないでしょ。本題を忘れないでよね」

「けど、少しはそれっぽく見せないと、生霊だって出てこないでしょ。それにしても、今日はちょっと冷えるね。手、冷たくない?」

「さらっと手を握るな! アンタに握られた方が寒気がするわ!」

「……風美ちゃん、ちゃんと楽しんでる?」

「はぁ? もしこれが楽しんでるように見えたら病院で目を見てもらった方がいいわね。それともおかしいのは、目じゃなくて頭の方?」


 いつまで経ってもこんな感じです。葉月君、ツンデレ路線なのに全くデレる気配がありません。

 私は離れた所から様子をうかがっていましたけど、険悪なムードにハラハラ。

 近くにいた一般客も、破局寸前のカップルにギョッとして距離をとっています。


 うーん、これってやっぱり、まずくないでしょうか?

 生霊達は嫉妬にかられて悪さをするみたいなのに、こんなにも仲が悪いとそれも望めませんよ。


 それに福沢さんだってこれだけ邪険にされたら、いいかげん愛想つかすのでは……。


「はははっ、その氷のような目、ゾクゾクするねえ。ますます燃えてきたよ」

「正真正銘の変態かアンタは!」


 ……どうやら福沢さんの方は、心配無いようです。

 けど問題はやっぱり、生霊が現れるかどうかです。今のままでは、生霊だって呆れて出て来てくれないのではないでしょうか——っ!?


 不意に空気が震えて、ピリッとした波動を感じる。


 これは、悪霊が現れた時に感じる霊気。強い怒りや怨みを持つ霊が放つ波動です。

 まさかあんな険悪ムードだったのに、生霊が出て来たって事ですか⁉


 信じられませんけど、確かに感じる霊気。見ると葉月君も同じものを感じたのか、話すのを止めてキョロキョロと辺りを見回しています。


 近くに必ず、生霊がいるはずなんです。霊気を感じるのは向こうの方……あ、いました!


 人が行き交う遊園地の一角にいたのは、ぷかぷかと宙に浮いている高校生くらいの女子の一団。

 浮いていると言うのは、言葉通りの意味。幽霊である彼女達は重力に逆らって、ふんわりと浮いていたのです。


「ああ、福沢君がデートしてる……」

「どうしてあたしだけを、見てくれないの……」


 悲しそうに目を潤ませているのは、長いウェーブがかかった髪の可愛らしい子や、色黒のボーイッシュな女の子。他にもたくさんの、女子達がいます。

 彼女達は浮いているばかりか、足が無く体は透けていて。だけど行き交う人達は皆、彼女らの前を通っても全くの無反応。

 普通の人には、生霊の姿は見えないのです。


 どうやら誘き出すことには成功したみたいですね。

 それにしても、葉月君は終始つれない態度だったのに、よく出て来てくれましたね。


「キィー! 何よあの女ー! 健人君にデートしてもらっといてあの態度。調子に乗ってない?」

「あんな必死になってる福沢君、初めて見たわ。ゾクゾクするだなんて、あたしだって言われたこと無いのに」

「ああ、健人様が新たな性癖に目覚めてる。悔しいー! あたしが目覚めさせてあげたかったー!」


 次々と怨みを叫ぶ生霊達。

 えーと、どうやら正攻法ではなかったにせよ、葉月君の言動は見事彼女達の嫉妬心をくすぐったみたいですね。

 まさかこれが狙いで、冷たい態度をとっていたのでしょうか?


 そんなことを考えていると葉月君が福沢さんから離れて、こっちに駆け寄って来ます。


「どうやら現れたみたいだね。それにしてもすごい数。いったい何人いるのさ?」


 ええ、それは私も思っていましたよ。

 現れた生霊は、ざっと10人くらい。これみんな、福沢さんに思いを寄せている女の子なんですか?


 私も葉月君も圧倒されていましたけど、そこに本人の能天気な声が聞こえてきます。


「風美ちゃん、急に離れてどうしたの?」

「どうしたのじゃない。生霊達が現れたんだよ。しかもすごい数が!」

「うーん、そう言われても。僕には見えないから分かんないや」

「しょうがないなあ、今見えるようにするから。天に星、土に命、還りたまえ――現!」


 福沢さんの前で、印を結ぶ葉月君。これは霊感が無い人でも、一時的に霊が見えるようになる術です。

 すると福沢さんは宙に浮いている生霊達が見えたようで、ハッと表情を変えました。


「わ、本当にいたんだ。先頭のあれは美鈴ちゃんじゃないか。ああ、桃子ちゃんや由美ちゃんもいる。それに沙耶ちゃんに香ちゃんにジュリエッタちゃんまで……」

「本当に全員知り合いだったんですか!?」

「当たり前だよ。みんな僕の愛すべき彼女達だもの。けど驚いたな。実は彼女達の生霊が悪さしてるって聞いてても、半信半疑だったんだ。みんないい子なのに、どうして?」

「バカかアンタは! 彼氏が他の子と付き合ってたりデートなんてしてたら、普通怒るだろ!」


 ええ、私もそう思います。

 話が本当なら、あの子達一人一人が、福沢さんの彼女なんですから。

 自分の彼氏が他の子とも付き合ってたら怒りますし、嫉妬もしますよ。

 だけど。


「いやー、それはないよ。だってみんな、納得した上で付き合ってるんだもの。最初に約束してくれたよ。僕は他の子とも付き合うしデートもするけど、文句は言わないし皆とも仲良くするって。その辺のことはちゃんと上手くやってるって」


 福沢さんはヘラヘラ笑っていますけど、とてもそうとは思えません。

 だって皆さん、怒りと悔しさに満ちた顔をしているんですもの。


 とにかく、彼女達の気持ちを聞いてみましょう。


「あの、皆さんは納得して福沢さんと付き合っていたのですよね? なのにどうして、デートの邪魔をするのですか?」

「―—っ! そりゃああたしだって、我慢しようとしたわよ。だけど堂々と他の子とイチャつかれて。見せつけられているうちに、辛くなったの」

「あたし以外の子と楽しくデートしてるんだと思うと苦しくて。今何をしてるんだろうって考えると、嫌な気持ちになった」

「本当は、私だけを見てほしかった。皆とも仲良くするなんて約束したけど、そうしないと嫌われちゃうから、仕方なかったのよ。こんなのワガママだってわかってるけど、どうしても嫌なの! 福沢君、その女から離れて!」


 思いの丈をぶつけてくる生霊達。

 デートの相手に危害を加えるのはいけないこと。それは間違いないけど。

 彼女達の気持ちも、否定できるものではありません。だって好きな人の一番になりたいって思うのは、当然のことなのですから。

 我慢して我慢して、それでも溢れだした思いが生霊となって、暴走してしまったのです。そんな彼女達を責める気には、どうしてもなれません。


「あなた達の言いたいことはよくわかりました。けどデートを邪魔したって、福沢さんは振り向いてはくれませんよ。不毛なことは止めて、元いた場所に還ってください」

「うるさい! アンタなんかに何がわかるの!?」

「邪魔するって言うなら、あっちの子と一緒にやっちゃうよ!」


 皆一斉に、葉月君と私を睨んでくる。

 確かに恋をしたことの無い私では、彼女達の辛さをちゃんとは理解してあげられないのかも。

 だけどこのまま暴走してたって、誰も幸せになんかなれません。無意味な争いは、ここで終わらせないと。


「仕方ありません。葉づ……風美ちゃん、いきますよ!」

「ああ。これ以上この子達を、苦しませたくないからね」


 生霊達に向けて、右手を手をかざす。

 数は多いですけど、相手はちょっと嫌がらせをするのがやっとの、力の弱い霊達です。これなら一気に浄化させられます。


「迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――」

「天に星、土に命、還りたまえ――」

「「浄!」」

「「「「えっ、きゃあぁぁぁぁぁっ!?」」」」


 浄化の光に包まれてた生霊達は一体、また一体と、次々と姿を消していく。そして数秒後には全ての生霊が、浄化されました。

 ふう、除霊完了です。だけど何でしょう、このモヤモヤした気持ちは。

 生霊達は元いた場所に返すことができたと言うのに、後味が悪いですね。


「ママー、あのお姉ちゃん達何やってるのー?」


 近くを歩いていた小さな女の子が、私達を指差してくる。

 そういえば除霊に夢中になって忘れていましたけど、ここは人の多い遊園地のど真ん中。霊の姿が見えない人達にしてみれば誰もいない空間に向かって話しかけて、急に手をかざしていた私達は、変に映った事でしょう。


 ううっ、公衆の面前で印を結んだり詠唱をしていたりしたかと思うと恥ずかしい。

 ま、まあ生霊は無事に祓えたのですから、よしとしましょう。


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