エピローグ 真実の愛

 葉月君命名、『ゲス男と生霊事件』が解決から、一週間が過ぎました。

 今日は経過報告を聞くため葉月君と二人、コーヒーショップで福沢さんが来るのを待っています。


「あーあ、また福沢と会わなきゃいけないのかー。アイツなら、どうなったって構わないのになー」

「仕方ありませんよ。これもお仕事なのですから。けどそんなに嫌なら、私だけで会いましょうか? 報告を聞くだけなら、一人で十分ですし」

「冗談じゃない。あんな危険なやつとトモを、二人きりになんてさせられるわけないだろ! だいたいトモは、警戒心が足りない。無防備すぎるんだよ」


 む、それはちょっと言いすぎじゃないですか。


 葉月君が心配している事は分かります。

 もしもかしたらまた福沢さんに、新たな彼女の生霊が取り憑かれていているかもしれない。そんな彼と二人きりで会ったら、今度は私が襲われるかもしれない、なんて思っているのでしょう。


「心配しすぎですって。もしまた福沢さんが取り憑かれていたとしても、アレくらいなら私一人でも十分祓えますから」

「分かってない! トモは何一つ分かってないから!」


 あれ、どうしてそんな残念なモノを見るような目をするんですか?


 ちなみに今の彼は女装した風美ちゃんの姿ではなく、元の葉月風音君のままです。

 今日はデートではないので、化ける必要はありませんからね。


 助かりました。風美ちゃん相手だと、どうも調子が狂いますから。

 この前除霊の帰りに行ったケーキバイキング。悪ノリした風美ちゃんが「知世ちゃん、あーん」なんてケーキを食べさせてきて、大変でしたよ。

 潤んだ瞳で「食べてくれないの?」って言われたら断りきれなくて。周りのお客さんからは百合だ百合だって、騒がれて恥ずかしい思いをしました。


 女装した葉月君は、生霊よりもずっと危険ですよ。


 そんなことを考えていると、店の中に入ってくる福沢さんの姿。

 彼は私達を見つけると、一直線にこっちに歩いてきます。


「二人とも久しぶり。風美さんは、今日はいないのかい?」

「今日は妹は必要ないからね。で、あの後は何も起きてない? ないよね。それじゃあ、俺達はこれで」


 葉月君、事後確認がいい加減すぎます。さっさと終わらせようとしているのが、丸わかりですよ。

 だけど福沢さんは嫌な顔をせずに、真っ直ぐに私達を見つめます。そして……。


「すまなかった!」


 突如勢いよく頭を下げてきました。

 いきなりの行動に私も、悪態をついていた葉月君も目を丸くしする。そして私達が呆気に取られている間にも、彼は床に足をついて土下座を……。


「ちょっ、ちょっと止めてください! いきなりどうしたんですか!?」

「ひょっとして、自分のバカさ加減に気づいたの? だとしたら良いことだけど、土下座なんてしたらお店にも迷惑だから」


 慌てて止めると、福沢さんは立ち上がってとても辛そうな表情を浮かべる。


「仰る通り、僕が今までどれだけ最低なことをしてきたか、よーくわかりました。女の子を幸せにしてるなんて思い上がっていて、その実傷つけていた自分が恥ずかしい!」


 この様子、どうやら本当に反省しているみたいです。

 言ってることはその通りなので、「そんなこと無いですよ」ってフォローすることはできませんけど、分かってくれたのなら良かったです。


「この前、風美さんに殴られて目が覚めました。どれだけいい加減な気持ちで女子と付き合ってきたか、思い知りました。たくさんの人を傷つけて、迷惑をかけて、本当に申し訳ございません!」

「もう良いですって。反省しているのはよくわかりましたから。ですよね葉月君」

「ま、まあ分かってくれたのならいいけど。もう二度と、女の子を泣かせたりしないんだよね?」

「はい。付き合っていた28人の彼女達とは、全て別れました」


 え、別れちゃったんですか? 

 それに28人って。思っていた以上にたくさんの人と、お付き合いしていたのですね。


「それはまた、ずいぶんな数だね。そんなにいたら、別れるのも大変だったんじゃないの?」

「それはまあ。泣かれたりビンタされたり、中には怒ってパイルドライバーをかけてきた子もいて。コンクリートに頭を叩きつけられた時は、死ぬかと思いました」

「ずいぶん過激な子がいたね! その子は女子プロレスラーなの!?」

「だけどそれも、全て自業自得。文句はありません」


 まあ、そうなんですけどね。いきなり別れ話なんてされたら、怒るのも無理ないですよ。

 だけど今までみたいに生霊を何体もを生み出すような付き合い方を続けるよりは、この方が良かったのかもしれません。


 それにしても福沢さん、すっかり人が変わっちゃっています。以前は言葉使いもチャラい感じでしたけど、今は真面目口調ですし。

 風美ちゃん、もとい葉月君に言われた事が、よほど堪えたのでしょうか。


「何にせよ、反省してくれたのなら結構。次に誰かと付き合う時は、その子のことを大事にしてあげるんだよ」

「それなのですが。実は一人気になってる……いえ、心の底から愛する人がいて」

「え、もう次の恋を見つけたの!? アンタ、全然反省してないんじゃないの?」


 眉間にシワを寄せながら、ジロリと睨む葉月君。ですが福沢さんは、慌ててそれを否定します。


「そんな事はありません。本当に一人だけを、真剣に愛しているのです。その人のためなら他の全てを捨てたって構わない、本気の恋です」

「そうなの? まあそれなら別に良いけどさ。今度はちゃんと、真面目にお付き合いするんだよ」

「許していただけるんですね。つきましては、アナタに一つ頼みがあるのですが」

「頼みって、俺に?」


 葉月君は首をかしげ、私も見当がつかないでいましたけど。

 福沢さんはそんな私達に、勢いよく頭を下げてきました。


「お願いです。どうかもう一度、風美さんに会わせてください!」

「「……………………は?」」


 ワンモアプリーズ?


 いきなりの発言に、私も葉月君も混乱します。

 風美ちゃんに会わせてほしいって。待ってください、前後の話の流れを考えると、それってつまり……。


「あ、あの。もしかして福沢さんが好きになった女の子と言うのは、風美ちゃんなのですか?」

「はい。彼女は腐れきっていた僕を変えてくれた女神ですから。風美さんからの一撃、心に響きました。あの時の衝撃は、今でも忘れられません」


 当時の事を思い出しているのか、風美ちゃんに殴られた頬に手を触れながら、恍惚の表情を浮かべる福沢さん。

 その姿はとても気持ち悪……いえ、何でもありません。


「えーと、冗談ですよね。だって風美ちゃんは、その……」

「いいえ、そんな事ありません! この福沢健人、彼女のためなら死ねます!」


 ああ、この目は本気です。本気で風美ちゃんのためなら命だって投げうつくらいの、強い覚悟を感じます。

 だけど、だけどですよ。福沢さんが真剣だと言うことは分かりましたけど、一つ大きな問題がありますよね。


 恐る恐る葉月君に目を向けてみると、彼は真っ青な顔でガタガタと肩を震わせていました。


「あのー、こう言っていますけど、どうします?」

「どうするって。え、えーと、反省したとはいえ以前の君を知っている身としては、大事な妹と会わせるわけにはいかないかなー」


 汗をダラダラ流して目をそらしながら、やんわりと断ろうとする葉月君。まあ、当然ですね。

 だけど本当の愛に目覚めた福沢さんも、簡単には引き下がってくれません。


「ええ、分かります。今までの僕はとてつもなく愚かでしたもの、警戒するのも無理ありません。ですがお義兄さん!」

「誰がお義兄さんだ!」

「それなら僕はまず、お義兄さんに認めてもらうことにします。風美さんにふさわしい男になって、アナタを納得させてみせますから。風美さんと結婚を前提にお付き合いするのは、その後です」

「「結婚!?」」


 ああ、頭がクラクラしてきました。

 まだ高校生なのに結婚なんて。真面目になってくれたのは良いですけど、変な方向におかしくなってしまったのではないでしょうか。


 だけど風美ちゃんの正体は葉月君ですし。お、男同士の結婚って、できましたっけ?


「というわけで、これからよろしくお願いしますお義兄さん!」

「やめろー、お義兄さん言うなー! トモからも何か言ってやって!」


 すがるように手を握ってくる福沢さんを振り払いながら、助けを求めてくる葉月君。

 だけど事態について行けないのは私も同じ。

 男同士の結婚。男同士の結婚……。


「あ、あの、葉月君。もし本当に結婚することになっても、私は式に呼ばなくても良いですからね」

「式って何!? 嫌だ、誰が結婚なんてするもんかー!」


 頭を抱えながら、悲痛な声を上げる葉月君。

 この様子だと彼が再び風美ちゃんになる日は、遠くなりそうです。



   ゲス男と生霊事件 了



※読んでくださってありがとうございます。

今回の更新をもっていったいお休みに入ります。続きが完成したらまた更新しますので、どうかよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る