ゲス男と生霊事件

依頼者はナルシスト?

ようやく春の息吹きを感じるようになってきた、3月半ばの日曜日。

私と葉月君は、町中にあるカフェを訪れていました。



オープンテラスを備えている、お洒落なお店。

今日は日差しが暖かいので、本当ならゆっくりお茶でも飲みたいところですけど。生憎呑気にな事を言ってはいられません。

今日ここに来たのは、お仕事のため。依頼者と待ち合わせをしているのです。


「さて、依頼者はどこにいるかな? 資料によると名前は福沢健人。17歳の男子高校生って話だけど」

「うーん。あ、もしかしてあの人じゃないですか?」


オープンテラスの端っこのテーブル。そこには髪を茶色に染めた身長180センチくらいの、高校生と思しき男子が、席についてスマホをいじっています。


お洒落な服装をしていて、整った顔立ち。まるでモデルさんみたい。

見れば近くの席にいた女子のグループがその人のことを遠巻きに見ていて、「一人かな?」「声かけてみる?」なんて言っています。


「彼でしょうか?」

「他にそれっぽい人いないし、そうかもね。とにかく確認してみよう」

「そうですね。……すみません、福沢健人さんでしょうか?」


近づいて声をかけると、彼はスマホから顔をあげ、「ん?」とこちらを見てくる。けど……。


「君誰? あ、分かった。さては僕のファンだね。僕の事が気になってストーキングしてたけど、見てるだけじゃ我慢できなくなって声をかけてきたってとこかな。どう、図星でしょう」

「えっ? えっ?」


得意気にウインクをしてきましたけど、違います違います。何なのですかそのストーリーは。

そもそも、ストーキングって、犯罪でしょう。


だけど途惑っていると、彼はこの頓智気なストーリーの元話を進めてくる。


「けど、困ったなあ。行動力に免じて、本当なら一緒にお茶してあげたいんだけど、今から人と会う約束をしてるんだよね」

「あ、あの。誤解しているみたいですけど、私達は……」

「あー、でもこのままサヨナラは可哀想か。君、勇気を出して声をかけてくれたんでしょ。『私みたいな地味系女子が、健人さんに声をかけて良いのかな? ううん、絶対にこのチャンスを生かすんだ!』ってね。そういう健気な子、好きだよ。そうだ、今は無理だけど、今度デートしてあげても良いかな。君みたいな大人しそうな子は久しぶりだし、楽しい思い出を作ってあげるよ」

「え、え、ええーっ!?」


途中から何を言っているのか、全くわかりませんでした。

何だか勝手にファンにされているし、それにデートって。私はお仕事の依頼で来ただけなのにー!


ああ、見ればさっき彼に声をかけようかって言っていた女子のグループが、「なによあの女!」ってこっちを睨んでいます。

ううっ、私は何もしてないし、ほとんど何も喋ってないのに。どうしてストーカーや悪者にされちゃってるんですかー。


そして彼は彼で席を立つと私の手を握ってきて、もう片方の手は腰に回してくる。

ひ、ひぃ~!や、やめてくださーい!


「おい、トモから離れろこの変態っ!」


パニックになりかけていたところを、葉月君の声で正気に戻される。同時ベリッと引き剥がされて、彼の手から逃れることができました。


た、助かりましたー。あのままだと、どうなっていたことか。


葉月君は彼のことを鋭い目でギロリと睨んだけど、向こうはスマイルを絶やさない。


「おやおや、今度は元気の良いお嬢さんだ。君も僕とデートしたいのかな?」

「何を訳のわからないことを! だいたい、俺は男だ!」

「…………は?」


あ、今度は笑顔が崩れました。ポカンと口を開けて、まじまじと葉月君を見ています。

葉月君は可愛い顔してますから、女の子と間違えちゃったんですね。


って、そんなことはどうでも良いんです。それよりも、大事な事を忘れるところでした。


「あの、福沢健人さんでしょうか? 私達は依頼を受けて来た、祓い屋なのですが」

「祓い屋って、君達が? ゴメン、気づかなかったよ」


きっともっと歳上を想像していたのでしょう。まあ無理もありませんね。

けど分かってくれたみたいですし、これでようやく本題に入る事ができます。

と思ったら。


「悪いけど、この依頼は無かった事にするから。トモ、帰るよ」


これからだと言うのに、葉月君は私の手を掴んで去ろうとする。

ちょっ、ちょっと待ってください。勝手に依頼を破棄するなんて、そんなの許されませんよ。


「何言ってるんですか。この依頼は祓い屋協会に来た、正式なものなんですから。理由も無いのに断っちゃいけませんよ」

「理由ならあるよ。トモをこんな変態に、近づけてたまるか。トモだってさっき、手を握られて困ってたでしょ」

「そ、それはそうですけど」


とはいえ、依頼を破棄するというのはさすがに。福沢さんだって、勘違いしてただけなんですから。

すると理解したみたいに、福沢さんが頷きます。


「ごめんね、てっきりファンの子だと思ってつい。お詫びにコーヒーご馳走するから、座って座って」

「って、こら。さらっとトモの肩を抱くな! 自分の隣に座らせようとするな! これ以上指一本触れたら、三途の川に送ってやるからな!」


葉月君の物騒な発言に、周りの人達がぎょっとしてこっちを見ます。


ああ、早く本題に入りたいのに、空気はピリピリ。

なのに元凶である福沢さんはそれに気づいていないのか、「まあまあ怒らないで」とヘラヘラした態度。


なんだか話を聞く前から、疲れてきました。

もしかしたら今回の依頼は、もしかしたら今までで一番大変かもしれません。

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