いつかくるかもしれない、恋をする日 

 オカルト雑誌の編集者であり、幽霊や妖の姿を見ることはできなくても、独自の情報網で私達のサポートをしてくれている、火村竜二さん。

 今日も運転できない悟里さんをここまで運んできてくれて、私達を助けてくれたのでした。


 竜二さんは何かを確認するように辺りをキョロキョロと見回した後、私達に視線を戻します。


「もう終わったんだよね? たしか、七人ミサキが現れたんだっけ。もう全部除霊できたのかな?」

「は、はい。悟里さんのおかげで、何とか」

「そっか。ごめんね、僕は見ることができないから、ピンと来なくてねえ」


 見える見えないは持って生まれた霊力によって決まりますから、仕方がありません。

 だけど見えないにも関わらず霊の存在を信じて手助けしてくれる竜二さんには、いつも感謝しています。

 今日だって結婚記念日だったのに、こうして駆けつけてくれましたし。


「あの、こちらこそごめんなさい。私達が不甲斐ないばかりに、悟里さんの力を借りることになってしまって」

「そうそう。飲んでる最中だったんでしょ。なのに呼び出したりして、ごめん」


 揃って頭を下げましたけど、竜二さんは柔らかな表情を崩しません。


「謝らなくていいよ。僕は気にしてないし、悟里さんだって頼ってもらえなかったら、きっとその方が寂しかっただろうからね」

「それは……さっき悟里さんも言っていました」

「でしょう。だから遠慮しないで、どんどん頼っていいからね。悟里さん、君達のことを弟や妹みたいに可愛がっているから、頼られた方が嬉しいんだよ。もちろん僕もね。悟里さんの弟子なら、僕にとっても弟や妹みたいなものだからね」


 そう言いながら、そっと頭を撫でてくる竜二さん。

 わわっ、ちょっとくすぐったいけど、優しい撫で方です。暖かくて、何だかほんわかした気持ちになってきます……。


「トモ、なにデレッとしてるのさ? 俺が頭撫でた時は、そんな幸せそうな顔してくれないのに」

「なっ!? べ、べつにデレッとなんてしていません。あ、竜二さん、だからと言って決して嫌なわけではなくてですね……」


 否定したいけど、失礼な事を言うわけにもいかなくて。ジトっとした目で私を見る葉月君と、おかしそうに笑いをこらえている竜二さんを交互に見ながら、オロオロする。

 もう、葉月君が変なことを言ったせいで、おかしな空気になっちゃったじゃないですか!


「風音君、安心していいから。君のお姫様を取ったりしないよ。さあ、僕は僕のお姫様を、連れて帰りますかね」


 竜二さんはそう言うと、寝転がっている悟里さんの前で屈み、そっと頬に手を触れます。


「悟里さん、こんな所で寝てると風邪引きますよー」

「んん~? ダーリン?」

「目が覚めましたか。さあ、もう帰りましょう。立てますか?」

「立てない~。ダーリン、抱っこして~♡」

「ふふふ、仕方がないですねえ」


 竜二さんはおかしそうに笑いながら、悟里さんをひょいと抱え上げる。

 わわっ、お姫様抱っこです!


 だっこされた悟里さんは幸せそうに顔をほころばせながら、竜二さんの首に手を回す。


「えへへ~、ダーリンしゅき~♡」

「はいはい、僕もですよ。それでは二人とも、気をつけて帰ってくださいね」


 竜二さんは会釈をすると、悟里さんを車に乗せて、来た時と同じように走り去って行く。


 相変わらず、すごいラブラブぶりです。

 残された私と葉月君はその残り香のせいで、しばらくの間動けませんでした。


「なんか、すごかったね。師匠、相変わらず竜二さんにはベッタリだなあ」

「そうですね。けど、ちょっと羨ましいかも」


 あんなに幸せそうな悟里さん、他では見ませんもの。あれだけ好きな人がいて、竜二さんだって悟里さんのことを想ってくれている。それって、とても素敵なことじゃないですか。

 すると葉月君、驚いたように目を見開きます。


「え、羨ましいってトモ。もしかして竜二さんみたいな人がタイプなの? 師匠や竜二さんを交えた四角関係になったら、俺はどうしたらいいのさ!?」

「へ? ち、違います! 仲が良くて羨ましいって意味です。変な勘違いをしないでください!」


 悟里さんがいるのに横恋慕なんて、するわけないでしょう!

 それに、四角関係ってどういうこと? 私と悟里さんと竜二さん、あと一人は……。

 まあいいです。どうせ勘違いなのですから、深く考えるのは止めましょう。


「思い過ごしなら良いか。さあ、俺達もそろそろ帰ろう。今日はさすがにくたびれたよ」

「そうですね……っ、ヒャア!? なぜ足を触ってくるんですか!?」


 いったい何を思ったのか。葉月君はいきなり、足と背中に手を回してきたではありませんか。

 突然の行動に警戒しながら距離をとると、彼は困ったように言います。


「さっき悟里さんのこと羨ましいって言ってたから、バイクまでお姫様抱っこで運ぼうかと思ったんだけど。ダメだった?」

「ダメに決まってます! 何ですかその余計な気の使い方は。ああいうのは、ちゃんと好きな人にしてもらうから嬉しいんです!」


 まったく、女心が全然分かってないんですから。

 

「だいたい葉月君、腕を痛めてるじゃないですか。つまらないことで無理して、悪化したらどうするんです?」

「そんな言い方は無いだろ、俺はある意味、七人ミサキと戦うよりも頑張り所だと思ったんだけどなあ」

「……葉月君の基準って、いったいどうなっているんですか?」


 呆れて物が言えません。

 もう、ふざけてないで、さっさと帰りますよ。


「仕方ない、今回は諦めるよ。けどトモもちゃんと、そういう事に興味あるんだね」

「そ、そりゃあまあ。私だって、女の子なんですから」


 素敵な男性と恋をしたり結婚したり。そういう事に、興味が無いわけではありません。もっとも今は、それよりも祓い屋のお仕事や、学業の方が優先ですけど。

 けどそんな私も、いつか恋をするなら。悟里さんと竜二さんみたいになれたらいいなあ。

 

 そんな事を考えながら葉月君の運転するバイクに乗せてもらい、夜の港を後にするのでした。 



                    七人の亡霊達 完



※読んでくださってありがとうございました。

次からのエピソードは少しお休みした後に公開していきます。

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