さすが私達の、お師匠様です。

「悟里さん、どうしてここに!?」


 前園さんは応援を呼ぶと言っていましたけど、なぜよりによって悟里さんが。今日は結婚記念日で、休みを取っているはずですよね?


 葉月君と顔を見合わせましたけど、当の悟里さんはニヤニヤした笑みを浮かべながら、私達にヘッドロックをかましてきました。


「二人とも水くしゃいぞー! 力を合わせても勝てない強敵がいたら、真っ先にあたしを頼りなしゃーい!」

「酒臭っ! 師匠、もしかしなくても酔ってるよね! こんな状態で、なんで来ちゃったの」

「そ、そうですよ。そもそも今日は結婚記念日で、お休みを取ってたはずじゃあ?」


 だから今日の事は内緒にしてたのに。

 すると笑っていたのが一転。悟里さんはヘッドロックを外すと、今度はボロボロと涙を流し始めました。


「うえぇぇぇぇん、そうなのー。ダーリンと飲んでたらね、前園ちゃんから緊急メールが届いてビックリしたわよー。せっかくこれから、スイートなひと時を過ごすはずだったのにー!」

「そ、そうだったんですか。ごめんなさい、私達が不甲斐無いばかりに」

「ううん、知世ちゃん達は悪くにゃいから。悪いのはアイツら、キャッキャウフフなひと時を邪魔してくれた七人ミサキめ、許しゃーん!」


 呂律の回らない声で、ぷりぷりと怒る悟里さん。顔が赤いのは酔っぱらっているからなのか、それとも怒りによるものなのか。

 それにしても、こんな状態の悟里さんを寄越すだなんて。どうやら今夜は、手が空いている人が本当にいなかったみたいですね。

 ただ問題は……。


「けどさ師匠、来てくれたのは良いけど、こんなんで戦えるの?」


 私がしていた事を、葉月君が指摘します。七人ミサキはまだ三人も残っていますし、やっぱり心配ですよ。

 だけど悟里さんは勝算があるのか、それとも単なる笑い上戸なのか。再びアハアハと笑いながら、七人ミサキの方を向く。


「らいじょーぶらいじょーぶ。相手は一、二、三、四……九人か。これくらいどうってことナイナイ」

「師匠、残りは三人だから! 酔っぱらって九人に見えてるの!?」

「ありゃ、そうなの? まあなんとかなるっしょ」


 そうは言いますけど、こっちは不安しかありませんよ。

 そして、そんな悟里さんの態度に怒ったのが七人ミサキ。


「オ主、我ラヲ愚弄スル気カ!?」

「先ニオ前カラ片付ケテクレル!」

「覚悟シロ!」


 錫杖を槍のように構える七人ミサキ達。まあ、これだけなめた態度をとられたのですから、そりゃあ怒りますよね。

 だけどそんな彼らを前に、悟里さんの目付きが変わりました。


「覚悟しろだぁ? それはあたしの台詞よ。よくもかわいい弟子達をかわいがってくれたねえ。その上ダーリンとの甘~い時間を邪魔してくれて。落とし前はつけされてもらうよ!」


 瞬間、辺りの空気がピシッと張りつめました。

 さすが、酔っぱらっていても私達の師匠。その迫力に圧倒されたように、七人ミサキも動きを止める。

 そしてその隙を逃す悟里さんではありません。すかさず七人ミサキ目掛けて手をかざすと、術を使うべく詠唱を始めました。が!


「飲むぞ酒! 愛してるぞダーリン! ――滅!」


 悟里さんの口から出たのはなんと言うか、メチャクチャな詠唱。

 さ、悟里さーん! いくら酔っぱらってるからって、その詠唱は無いですよー!


 あ、悟里さんの名誉のために言っておきますけど、普段はちゃんとした詠唱をしていますよ。

 テンションがおかしくなっている今が異常なのです。


 こんなんで、七人ミサキをやっつけられるはずがありません。

 やっつけられるはずが、ないのですが……。


 ドォォォォォォォォン!


 空気が震え、大砲でも撃ったような轟音を響かせながら、とてつもなく大きな光の球体が七人ミサキ目掛けて飛んでいきます。


 ええーっ、ウソーっ!? あんないい加減な詠唱だったのに、いつもより術の威力が増してますよ!

 それはまるでアニメの必殺技のようで、私も葉月君も唖然としながらそれを見つめます。


「こ、これはいったいどういうことですか? 悟里さんの『滅』、いくらなんでもあんなに威力ありましたっけ?」

「うーん。もしかしたらお酒のせいで、リミッターが外れちゃってるのかも。加減がきかなくなって、いつも以上の力が出せたみたいな?」

「酔っぱらっていた方が強いって、どういうことですか!?」


 驚いているのは私達だけではありません。術を食らった七人ミサキは吹き飛び、そろって地面に倒ましたけど。みんな一様に唖然とした顔をしています。


「バ、バカナ。何ナンダコノ女ハ?」


 今起きたことが信じられないといった様子の七人ミサキ。ええ、気持ちはわかりますとも。彼らは元々、私達との戦いで弱ってはいましたけど、それにしたってこれは予想外すぎます。


 ま、まあとにかく、ここまでダメージを与えられたのなら浄化も容易いですね。一気に決めちゃってください……。


「ぐえぇぇぇぇっ。大声出したら気持ち悪くなってきたぁ」


 除霊完了まで後一歩。なのに悟里さんは胸を押さえながら俯いて、苦しそうな声を上げています。

 ええーっ、一回術を放っただけで、自らもこのダメージですか!?


 どうやらお酒の力で術の威力は増しても、反動の大きい諸刃の剣だったみたいです。


「風音、知世ちゃん、あたしはもうダメ。ふ、二人とも、悪いけど後はよろしく……」

「は、はい。まあここまで来たなら後は私達でも何とかなるでしょうけど」

「ああ、さっさと終わらせよう。なんかもう色々疲れたよ」


 残った霊力の全てを使って、再び七人ミサキめがけて浄化の光を灯す。

 考えてみたら今の悟里さんでは、攻撃はできても浄化できたかどうか。浄化するには安らかに眠ってくださいって思いが必要ですけど、酔っぱらった状態では難しいですもの。


「コンナハズデハ。コンナノ、認メンゾ……」


 私達の消耗は激しかったけど、七人ミサキはさっきの攻撃のおかげでもっと弱っていて。抵抗することなく、全員が四散して消えていきました。


「退治完了。一時はどうなることかと思ったけど、師匠が来てくれて助かった」

「はい、さすが私達のお師匠様です。ただ問題は……」


 問題なのは、その悟里さんが地面に仰向けになって寝ちゃってることです。

 こんなに酔っぱらって。ここに来る前に、いったいどれだけ飲んだのでしょう?


 とにかく、このままじゃ風邪引いちゃいます。まずはどこかに移動させないと。

 そう思ったその時……。


「そろそろ終わったかな?」


 さっき悟里さんが下りてきた、赤い乗用車。その運転席のドアが開いたかと思うと、中からメガネをかけた優しそうな感じの、三十歳くらいの男性が顔を出しました。


 そういえば、酔っぱらっていた悟里さんが運転できるはず無いのですから。ここまで運んできてくれた人がいたはずです。

 下りてきたその人は私達を見て、ニコッと笑いました。


「風音君に知世ちゃん、久しぶり。悟里さんがいつもお世話になってるね」

「竜二さん……。お久しぶりです」

「そっか、竜二さんが師匠を、連れて来てくれたんだ」


 挨拶をすると、葉月君も一緒に頭を下げる。

 彼の名前は火村竜二さん。そこで酔いつぶれて寝てしまっている、悟里さんの旦那さんです。

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