決戦 

「迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――」

「天に星、土に命、還りたまえ――」

「「浄っ!」」


 建ち並ぶ倉庫の間で、葉月君と合わせて放った浄化の光が、一体の七人ミサキの体を包み込む。


 浄化完了。仕留めたのは、これで三人目。

 相手の数が多くても、上手く立ち回ることで被害を最小限に留めつつ、一体ずつ倒していっています。ただ……。


「ハァ、ハァ……これで、残りは四人ですね」

「そう……だね。たぶんもう少ししたら援軍も来るだろうし、後ちょっとの辛抱だよ」


 わざと明るい声を出していますけど、その実二人とも疲労困憊。

 だって七人ミサキは、一人一人が強いんですもの。いくら上手く戦っても、やはり消耗は避けられません。


 ああ、霊力を使いすぎて、なんだか頭がくらくらしてきました。

 葉月君だって錫杖で殴られたのが痛むのか、さっきから腕を押さえていますし。敵の数は確実に減らしていますけど、これ以上の連戦は遠慮したいです。


「は、葉月君。もう半分近くやっつけられたことですし、後は応援が来るまで隠れておいた方が良くないですか?」

「賛成。敵の人数も減っている、これなら見つからずに隠れられ——っ!」


 不意に言いかけていた言葉が途切れ、私の背後を見つめる葉月君。

 な、何ですかその顔は。こんな時に、変な悪ふざけは止めて……。


「ミィ~ツゥ~ケェ~タァ~!」


 背後から聞こえてきたのは、まるで地獄の底から響いたような不気味な声。瞬間、背筋をゾクゾクとした冷たさが駆け抜ける。


 声の主は誰なのか、後ろには何がいるのか、分からないわけじゃなかったけど、認めるのが怖い。


 だけどこのまま背を向けているわけにもいきません。

 恐る恐るふり返った私の目に飛び込んできたのは、思った通り七人ミサキ。よりによって、消耗したこのタイミングで見つかるだなんて。


 そしてさらに私を絶望させたのはその数。

 生き残った四人の七人ミサキが、そこに勢揃いしていたのです。


「イタイタイタイタイタイタ!」

「我ラノ仲間ヲ消シタ奴等ダ」

「許サン、許サンゾ」

「オ前タチ、覚悟シロ!」


 シャンシャンと錫杖を鳴らしながら、迫ってくる七人ミサキ。

 こっちは疲れているっていうのに、相手は四人。これは、かなりマズイです。


「トモ、走れ……ないよね?」

「はい、残念ながら……」


 ただでさえ鈍足な上に息切れしている今、走って逃げるなんてできるはずありません。

 けど七人ミサキは当然、こっちの都合なんてお構い無し。この状況、どう切り抜けたら良い?

 すると葉月君がそっと顔を近づけてきて、耳元で囁きます。


「俺が戦う。奴等にダメージを与えるから、トモが一気に浄化させるんだ」

「そんな。一人で四人を相手にするつもりですか!?」

「それしか方法がないよ。俺が器用なの知ってるでしょ。絶対に上手くいくから大丈夫」


 ニカッと笑って見せてきましたけど、それが強がりで言っていることくらいすぐにわかります。葉月君だって疲れているのですから、そんな簡単にいくはずありませんもの。

 だけど私が止めるよりも早く、葉月君は七人ミサキに向かって行ったのです。


「覚悟しろ七人ミサキ! 俺が四人まとめて相手してやるから、かかってこい!」

「「「「グオォォォォォォッ!」」」」


 錫杖を振り上げて、一斉に葉月君に襲いかかる七人ミサキ。

 もう、勝手なんだから。私の意見は無視ですか!


 だけどこうなっては仕方がありません。葉月君を信じて、チャンスを待って待機。

 その間葉月君は、七人ミサキ相手に一人で立ち回ります。


「天に星、土に命、還りたまえ――滅!」


 葉月君が放った光が、一人を目掛けて矢のように飛んで行く。ですが。


「ハアッ!」


 光が当たろうという直前、振りかざした錫杖がそれを払う。

 攻撃失敗。そして悪いことは続きます。別の七人ミサキが地面を駆け、葉月君目掛けて錫杖を振り上げたのです。


「しまっ……」


 術を放った直後で隙ができていたこともあり、反応が遅れました。

 このままだと、錫杖の餌食になるのは明らか。けど、私だってただ見ているわけではありません!

 迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ——


「滅っ!」

「グァッ!?」


 葉月君を襲おうとした七人ミサキを、逆に私の術が襲い。後方へと吹き飛びました。

 消耗していても、これくらいはできるんですからね!


「ナイストモ、助かったよ!」

「お礼は良いですから、早く決めてしまいましょう!」

「了解。天に星、土に命、還りたまえ。天に星、土に命、還りたまえ。天に星、土に命、還りたまえ――滅っ!」


 ありったけの力を込めた、葉月君の『滅』。放たれた光は、さっきまでのものよりもずっと大きく、四人の七人ミサキ全員を襲いました。


「ヴアァァァァァッ!?」

「グギャァァァァッ!?」


 次々に声を上げる七人ミサキ達。

 葉月君、どうやら出し惜しみ無しの勝負に出たみたい。だったら私も、全力を出さないと。


「迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――浄!」


 葉月君の攻撃術とは違う浄化の光が、苦しんでいた七人ミサキを包み込む。


 人を襲う狂暴な悪霊、七人ミサキ。だけどもう、安らかに眠ってください。

 そんな願いを込めて、浄化の光を放ち続ける。


 やがてその光もだんだんと小さくなって、術が終わる。

 これで成仏させられたらよかったのですが——


「オ、オ前タチヨクモ」

「危ウク消エルトコロダッタゾ」

「殺ス。殺シテヤル!」


 ——っ! 浄化しきれていませんでした!


 光が消えた後に、残った七人ミサキは三人。一人は消滅させられましたけど、後の三人はまだ余力があるようで。鋭い目で睨んでいます。


 対して私と葉月君はと言うと、さっきので全力を出しきってしまいました。

 マズイ……マズイです。これ以上戦うなんてとても無理です!


「はぁ、はぁ……嘘だろ。もうこっちはほとんど力が残ってないってのに」


 私の隣まで下がってきた葉月君が、珍しく弱気なことを言う。それほどまでに、事態は絶望的なのです。


「ねえ、もう一度俺が戦うから、その間にトモは……」

「却下です! どうせ私は逃げろって言うつもりでしょう。守られてるのは嫌だって、何度も言いましたよね!」

「そりゃそうだけど、この状況じゃ……」


 葉月君の言いたいことは分かります。

 疲れきった今、残る三人を相手に戦っても勝ち目なんてありません。だけど葉月君は私をかばってケガをしてるのです。そんな彼を見捨てて、自分だけ逃げるなんてできるはずありませんよ。


 例え勝てないとわかっていても、私も最後まで戦う。そう決めたその時……。


 ブロォォン、ブロォォォォン!


 え、この音は?

 突如港に響いてきたのは、車のエンジン音。どうやら誰かが、車に乗って港に入って来たみたいです。

 だけどこんな時間に、いったい誰が? 何も知らない一般人が迷い込んで来たのなら一大事。でももしかしたら、前園さんが言っていた応援が来てくれたのかもしれません。


 一瞬のうちに、様々な思考が頭を駆け巡る。

 見ると葉月君も、それに七人ミサキも車の音に気づいたみたいで、身構えています。


 すると港の入り口の方から、闇を照らすような車のライトが見えて。猛スピードでこっちに向かって来るではありませんか。

 そして……。


 ブロォォォォンーーキキキキッ!


 やって来たのは、赤い乗用車。それは私達の目の前まで来ると、急ブレーキを踏んで停まる。

 そして私達が中を確かめるよりも早く助手席のドアが開き、出てきたのは……。


「アッハッハッハッハッ! 風音ー、知世ちゃーん、お疲れー!」

「えっ、師匠⁉」

「悟里さん⁉」


 漂っていたピリピリした空気をぶち壊すような高笑いが、港に響く。

 車から降りてきたのはお洒落な洋服に身を包み、お酒の匂いをぷんぷんさせ、赤い顔をしたハイテンションの悟里さんだったのです。

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