七人ミサキ
日がすっかり落ちて、月と星が闇を照らす頃。
私は葉月君の運転するバイクに乗って、T市にある港を訪れました。
倉庫が並ぶ港はシンと静まり返っていて、人の姿は無く寂しい。
一棟の倉庫の脇にバイクを停車させて、地面に足をつきます。
「ここですね、冷気の乱れがあった場所は」
「ああ。もしかしたら淀んだ気の流れに吸い寄せられて、妖や悪霊の類いが寄ってきてるかもしれないから、気をつけて」
ええ、わかっていますとも。
冷気の乱れがある時は、この場所に浄化術を施せば良いのですけど、その前に周辺を調べなければいけません。
葉月君の言ったように、妖や悪霊が寄ってきてるかもしれませんから、いたらそちらも祓わなければならないのです。
月と星が照らす港を、ゆっくりと調べていく私達。
……異常無し。……異常無し。
今のところ、特におかしな点は見当たりません。
それにしてもこうも静まり返っていると、足音でさえ大きく感じますね。今日は本当に、静かな夜です。
……パシャン……パシャーン!
あれ? なんでしょう、今の音は?
海の方から、微かに聞こえてきた水音。すると隣を歩いていた葉月君も、気づいて立ち止まる。
「ねえ、今の聞こえた?」
「はい。海の方から音がしましたよね。行ってみましょう」
もしかしたら悪霊かもしれないから、慎重に。
音がした方へ行ってみると、倉庫棟向こう。桟橋の辺りに月明かりに照らされた人影が見えます。
すると同時に、ゾクゾクとした悪寒が身体を走って、空気がピリつきました。
「……葉月君、どうやら霊気の乱れを正すだけでは、終わりそうにないですね」
「うん。しかも相手は、かなり強そうだ」
肌を刺すような、ピリピリした感じ。これは悪霊の気配。倉庫の影に隠れながら、遠目に様子をうかがいますが。
あれ、待ってください。影の数、さっきより増えていませんか?
数えてみると、一、二、三……ええっ、七人もいるじゃないですか!
「ずいぶんと数が多い。これは、キツいかも?」
葉月君が弱気な発言をするなんて珍しい。だけど私も同意見。一度に七人も相手することなんて、そうそうありませんもの。
昔悟里さんの修行で大量のぬいぐるみと戦ったことはありますけど、今回は一体一体の力が強そうですし。これは厳しい戦いになるかも。
そうして見張っていると月明かりに照らされて、影の姿がハッキリ見えてきました。
けど目にしたそれを見て、思わず息を飲む。
彼らは手に錫杖を持ち、時代劇に出てくる山伏のような姿をした幽霊だったのです。
七人の山伏の幽霊。そこでふと、昔悟里さんから聞いた、ある悪霊このとを思い出しました。
「葉月君、もしかして彼らは」
「ああ、七人ミサキだ」
七人ミサキ。それは常に七人で行動し、出会った人に災いをもたらす、恐ろしい悪霊。
「その伝承は数多く、水難事故に遭った人達の霊が終結したのだとか、生前から狂暴だった七人の山伏が、死後も人を襲っているとか諸説ありますけど。共通して言えるのは、彼らが人に危害を加える存在だということ。
集団で人を襲うとか、殺された人は七人ミサキに取り込まれてしまうとか、彼らには危険な逸話が数多くあるのです。
声を殺しながら様子をうかがっていると、七人ミサキは突然、唸るような声を上げます。
「ヴアアアアァァァァァッ! 誰ダ我ラヲ苦シメルノハーッ!」
「憎イ! コノ世ノ全テガ憎イ!」
怨みの言葉を叫びはじめた七人ミサキ達は、今にも暴れ出しそうな勢い。
これはいけません。放っておいたら、きっと大変なことになります。
とはいえ無策のままあの人数に戦いを挑むのは躊躇われますし、 こうなったら……。
私はスカートのポケットからスマホを取り出して、電話を掛ける。相手は、事務所の前園さんです。数回のコール音の後に、通話が繋がります。
「もしもし前園さん」
『ああ、水原さん。首尾はどう? ちゃんと浄化できた?』
「それが、現場に来たら悪霊と遭遇してしまって。しかもその悪霊というのが、七人ミサキなんです」
『えっ?』
七人ミサキは有名ですから、前園さんも危険性を知っていたのでしょう。
電話越しに、驚きが伝わってきます。
『それで、今どういう状況? 七人ミサキと戦ったの?』
「いえ、まだです。相手が相手ですから、その前に報告しておこうかと」
『うん、それが正解ね。二人で戦うには人数も多いし、危険よ。ちょっと待ってて、誰か調整のきく人をそっちに送るから。合流したら、協力して対処に当たってくれる?』
「分かりました。葉月君も、それで良いですよね?」
ちょっぴり悔しいですけど、ここは大人しく指示に従うべきです。
だけど確認を取るため、葉月君に目を向けると。
「どうやら悠長なことを言ってられないみたいだ。逃げるよ!」
えっ?
一瞬何を言っているのか分かりませんでしたけど、七人ミサキの方を見て察しました。
だって彼らは怨めしげな目をしながら、足早にこっちに迫ってきていたのです。
「イタ、イタゾ人間ガ!」
「オ前達モ、我ラノ苦シミヲ思イシレ!」
いったいいつの間に気づかれたのでしょう。
七人ミサキは目を血走らせて、完全に私達をターゲットにしているじゃないですか。
そんな私たちの様子は、電話越しにも伝わったらしく。スマホからは前園さんの、焦った声が聞こえてきます。
『ちょっと水原さん、大丈夫なの!?』
「は、はい。応援が来るまで持ちこたえま——」
「いつまで話してるの、走るよ!」
言い終わらないうちに、葉月君が私の手を取って。スマホをポケットにしまうと、彼の指示通り走り出しました。
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