事件の結末。そして明かされる真実。

『私立高校の敷地内で遺体発見!』

『三十年前の女子生徒行方不明事件の犯人は、教職員!?』


 水原さんや葉月さんが白雲女学院を訪れてから、早三週間。新聞や週刊紙では校内で見つかった死体に関する記事が、毎日のように紙面を賑わせていた。


 まさかこんなことになるなんてね。

 あの後水原さん達の言った通り、祓い屋協会から新たに派遣された調査チームが、白雲女学院を訪れた。

 どんな手を使ったのかは知らないけど、前みたいにこっそり潜入するのではなく、ちゃんと許可を踏んで来たみたい。


 調査と言うのはあたしが想像していたよりもはるかに大がかりなもので、やって来た中には制服を着た警察官もいたっけ。

 教職員への聞き込みや、名無しさんが現れていた体育館裏の調査が次々に行われ、学校中が騒然になったよ。


 けど考えてみたら幽霊の素性を暴くのって、警察が遺体の身元を調べるのと同じなんだよね。

 祓い屋と警察が連携してるのには驚いたけど、納得しちゃった。


 だけど本当に驚いたのはここから。解き明かされた真相は実にショッキングなもので、今まで生きてきた中で一番驚かされた。


 そして今日、あたしは前に行ったコーヒーショップを訪れていた。

 水原さんと葉月さん、二人と会うために。


「安藤さん、この度は協力ありがとうございました。おかげで名無しさんを、成仏させることができました」


 席について、話をしているのは水原さん。その隣には、葉月さんもいる。

 彼女の言う通り、もうこの件は解決しているのだけど、あたしはあんまり喜ぶ気にはなれないでいた。

 だってねえ。


「まさか名無しさんが殺されていて、しかもその犯人が荒井先生だったなんて。もう学校中大騒ぎだったよ」


 あたしの言葉に、水原さんと葉月さんが無言で俯く。

 荒井先生は名無しさんと何か係わりがあるんじゃないかって推理してはいたけど、こんなの予想外もいいとこ。

 つーか教壇に立って授業をしていた先生が、実は殺人犯だったなんて。ゾッとするわ。


 事の始まりは、今から30年ほど前。当時うちの学校に勤めていた荒井先生が、放課後遅くまで残って、一人の女子生徒の補習を行っていたの。

 補習はだいぶ時間がかかって、終わった頃には辺りは真っ暗。生徒はもちろん、先生もほとんど校内に残ってなかったみたい。


 荒井先生はその生徒を昇降口まで送ろうとしたんだけど、事件が起きたのはその途中。

 詳しい経緯は分からないけど、ちょっとしたことで荒井先生と生徒は口論になったみたい。

 そして口論になった場所が悪かった。階段の踊り場で言い争っていたみたいなんだけと、荒井先生はふとした拍子でその生徒を突き飛ばしてしまい。階段から転げ落ちた生徒は打ち所が悪くて、そのまま帰らぬ人となってしまった。


 例え死んでいたとしても、本当ならここで救急車を呼ぶのが普通なんだけど、荒井先生はそうはしなかった。

 あろうことか先生は、生徒の遺体を隠すことにしたのだ。


 そうして選んだのが体育館裏の、あの木の根元。

 スコップで深く穴を掘って、生徒の遺体を土の中に埋めたのだ。


 ずいぶんと雑な隠し方だし、生徒が一人いなくなったんだもの。当時の警察だって捜索願いを出されて探したろうけど、どこをどう間違えたのか、遺体が見つかることはなかった。


 やがて荒井先生は別の学校に移って行って、行方不明になった生徒の事は忘れ去られてしまったけど、事態が再び動いたのが去年。


 何の因果か、荒井先生がうちの学校に戻ってきて。そしたらその気配を、亡くなった生徒が感じ取った。

 そうして幽霊となって化けて出たのが、私達が会った名無しさんというわけだ。


 ただ名無しさんは長い間土の中で眠っていたせいで、自分が何者なのかも忘れてしまっていて。化けて出たは良いけど、何をどうすればいいかわからずに、ずっと木の下で佇んでいて。それをたまたま、あたしが見かけたってわけ。


 真相が明らかになったはいいけど、当然荒井先生は警察に連れていかれ、保護者からは問い合わせが殺到。学校中が、この話題で持ちきりになった。

 特にあたしは名無しさんに直接関わってるんだもの。新しい情報が入る度に驚かされ、事件の事で頭がいっぱいで、眠れない日々が続いている。


 実はと言うと、今もちょっと眠いんだよね。油断してるとあくびが出そう。

 するとそんなあたしを、葉月さんが心配そうに見る。


「梢先輩、疲れてるみたいだけど大丈夫? カフェオレでも飲んで元気出して」

「あ、ありがとう。だけど先生のこともビックリしたけど、もうひとつ驚いたのは名無しさんの本当の名前ね」

「だね。俺も報告を聞いて驚いたよ。三十年前の事件の被害者の名前は、石原梢。梢先輩と、同じ名前だったんだね」


 そう、偶然にもあたしと名無しさんは、同じ名前だったんだの。

 驚いたけど、同時に納得がいった。あの子が梢って名前を聞いて反応したのは、自分の名前だったからなんだね。


 今なら荒井先生が、知らないフリをしたのも頷ける。

 思えばあの時荒井先生は、昔遺体を埋めた場所の様子を、見に来てたんだと思う。 

 きっと白雲女学院に再び赴任してきてから、ちょくちょく確認してたんだろうなあ。人間不安なことがあると、つい何度も確かめたくなっちゃうもの。

 だけどそんな場所で、幽霊が出るなんて話してる生徒がいて。しかもかつて自分が殺した生徒の、『梢』って名前が出てきたんだもの。隠したくなるのも、無理ないよね。


「荒井先生とは最初に会った時から冷気を感じていましたけど、頻繁に様子を見に行っていたから、あの梢さんの霊気が移ってたのでしょうね。もっとも梢さんは記憶が混乱していたから、先生が自分を殺した犯人だってなかなか気づけなかったみたいですけど」

「だね。梢って名前を聞いたのをきっかけに、少しずつ記憶の扉が開かれたみたい。そうだ、名前って言えば……」


 何かに気づいたように、あたしに目を向けてくる葉月さん。


「梢先輩があの子のことをハッキリ見えたのって、同じ名前だったからじゃないのかな?」

「可能性はありますね。名前はただ呼ぶためのものではなく、言霊が宿っているとされていますから。同じ名前同士、何か通じるものがあったのだと思います」


 へー、そうだったんだ。

 有るのか無いのか分からないくらいの霊感しか持たないあたしが、どうしてあの子の姿だけハッキリ見えたのか、ずっと気になっていたけど。名前が起こした、不思議な偶然だったのかもね。


「何はともあれ、事件はもう解決だよ。俺達の後は師匠が引き継いでくれたんだけど、梢さんの霊はちゃんと成仏させたってさ」

「梢さん、最後は全てを思い出しましたけど、荒井先生が捕まったことに安堵して、安らかに逝ったそうです。その場に立ち会えなかった事が、残念でしたけど」


 それはあたしも思う。

 最初に梢のことを見つけたのはあたしなんだから、その最後には立ち会わせてほしかったのに、知らないうちに除霊が終わってるんだもの。

 火村さんってば一言くらい、声をかけてくれても良かったのに。


 だけど水原さんいわく、少しでも早く安らかに眠らせるための配慮だと言う。

 まあ、それなら仕方がないか。


 あと何十年先になるか分からないけど、あたしが向こうに行った時に、また会えばいいんだしね。 


「きっとあの梢さんも、見つけてくれた梢先輩に感謝してるよ。そうだ、もしまた気になる霊を見かけたら、その時は遠慮なく相談してね。俺達は、いつでも協力するから」


 清々しい笑顔で、そう言ってくれる葉月さん。

 まあ、それはいいんだけどさ。もうそろそろ、ツッコんでいいかな?


「あのー、葉月さん。実はその、さっきからヒジョーに気になってる事があるんだけど、いいかな?」

「え、なに? 俺の顔に、何かついてる?」


 ううん、葉月さんは前に会った時と変わらない、可愛い顔してるんだけどね。


 今日は学校に忍び込む必要なんてないから、葉月さんも水原さんも白雲女学院ではなく、自分達の学校の制服を着ている。……だけどね。

 水原さんはともかく、問題は葉月さん。彼女は……いや、彼はスカートでなくズボンを履いていて、長かったはずの髪はバッサリ短くなっていた。


 愛嬌のある可愛らしい顔は相変わらずだけどさ、さっきから自分のことを「俺」って言ってるし。前は気づかなかったけど、これはもしかして……。


「あの、さ。葉月さ……葉月君ってひょっとして、男子なの?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「言ってないよ!」


 キョトンとする葉月君を見て、頭を抱えたくなった。

 スカートを履いていた葉月君は言葉使いや雰囲気が今とは違っていて、完全に女子だった。あれで気づけっていう方が無理だよ!


「女子高に潜入するんだから、女子に変装する必要があったんだよ。制服を着てウィッグをつけて、言葉にも気をつけてたんだ。いやー、女子を演じるのは大変だったなー。疲れちゃったよ」

「やっぱりあれ、変そうだったんだ。けど、結構ノリノリでやってたように見えたけど。男の子が女装なんてしたらもっと照れたり、恥ずかしがったりするもんじゃないの?」


 あたしがそう言うと、水原さんが同意するように声を上げる。


「そう、そうなんですよ。せっかくスカートを履いて恥ずかしがる葉月君を、指差して笑ってやろうと思ってたのに。制服に着替えたと思ったらくるっとターンを決めて、『どう、似合う?』って言ってきたんですよ! しかも文句のつけようの無いくらい似合ってて、私より可愛かったし」

「えー、トモってばそんなこと考えてたんだ。でもスカート履く機会なんて滅多にないんだもの。どうせなら、楽しまなきゃ損だって思わない?」

「「思わない!」」


 さっきまでのしんみりした空気はどこへやら。なんか全部、葉月君に持っていかれた気がする。

 祓い屋ってもっと暗いイメージがあったけど、そんなものはすっかりどこかへ飛んでいってしまった。


 女装してた葉月君、可愛いだけじゃなくて凛々しく感じることもあったけど、正体が男の子なら納得だ。

 何度もドキドキさせられたから、変な性癖に目覚めちゃったのかと思って焦ったよ。けどあれ、すっごく似合ってたし。うちの制服、また着てくれないかなー、なんてね。


 髪を長く伸ばして、スカートを履いた葉月君の姿を思い出しながら、あたしは笑いをかみ殺すのだった。




 ※次回は【女子高に出る幽霊】の、オマケエピソードを掲載します。

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