白雲女学院への潜入
水原さんも葉月さんも、制服がよく似合っている。
火村さんには悪いけど、潜入するならこの二人の方が、間違いなく適任だよね。
「ところで、二人ともいったいいくつなの? わたしとあまり変わらないよね?」
「はい。わたしも葉月君も、高校一年生です」
あたしの問いに、水原さんが答える。二人とも、あたしより一個下か。
そういえば水原さん、葉月さんのことを君付けで呼ぶんだね。ちょっと珍しいけど、この子真面目そうだし、これが普通なのかな。
「ところで、火村さんはどうしたの? 風邪引いてこれなくなったとか?」
「ええと、それは……」
「師匠ならぴんぴんしてるよ。実はと言うとさっきまで行く気満々で、張り切って準備してたんだけどさ……」
二人の表情は、心なしか暗い。そして、言いにくそうに話を続ける。
「実は生徒になりすまして潜入するって作戦を、師匠は誰にも言ってなくてね。今朝になって発覚したんだけど、そしたら事務所はもう大騒ぎ。絶対に無理がある、こんなくだらない理由で警察沙汰にはなりたくないって、事務所総出で止めたんだよ」
「そしたら悟里さん、大暴れして大変でしたよ。だいたい、葉月君が悪いんですよ。『アラサーの師匠じゃキツすぎる!』なんて言うから」
「そんなこと言って、トモだって本当は同じこと思ってたんじゃないの?」
「それはその……。け、けど、わざわざ言う必要無いじゃないですか。そのせいで事務所は半分壊滅状態。どれだけの被害が出たと思ってるんですか!」
頭を抱えて嘆く水原さん。えーと、聞かなかったことにした方がいいのかな?
けどこれで大体の経緯はわかった。
結局火村さんは行かないってなって、代わりに水原さんと葉月さんが来たってわけか。
二人なら無理なく、うちの生徒に化けれるもんね。
「それじゃあ、そろそろ出発しようか。安心して、霊はおれ……あたし達がバッチリ祓うから。ね、トモ」
「はい……。あの、今さらですけど、本当にバレないですよね。不審者として捕まったりしたら、目も当てられません」
「ははっ、トモは心配性だなあ。こういうのはね、堂々としてたら案外バレないものだって」
不安げな水原さんと違って、緊張を全く感じさせない葉月さん。
たしかにこっそり忍び込んだ部外者がこんな態度でいるなんて、普通は思わないかも。
けどそれにしたって、普通なら緊急してもおかしくないのに。この子すごいなあ。
一個下とは思えないほど、肝が座ってる。
彼女に任せておけば大丈夫そう。心強い人が来てくれたことを嬉しく思いながら、あたしは席を立った。
◇◆◇◆
水原さんと葉月さんを連れてやって来た、白雲女学院。
五十年以上の歴史を持つ中高一貫の女子高で、あたしはここの高等部の二年生だ。
高等部の生徒は四百人以上いて、全ての生徒の顔を覚えている先生なんていないだろう。
とは言え、水原さんや葉月さんを校内に入れるとなると、やっぱりちょっとドキドキするけど。
校門をくぐって校内に入ると、部活動に来たのかな。土曜でもそれなりに、生徒の姿が見られる。
校内を歩きながら隣にいた水原さんに目を向けると。あー、この子緊張しちゃってるよ。
顔が変に強ばっていて、ドキドキを全然隠せていない。
するとそんな水原さんを見た葉月さん。何を思ったのか、そっと彼女の背中に人差し指を立てて、つつーっとなぞった。
「ひゃうっ!? な、ななな、何をするんですか!?」
「ちょっと緊張をほぐそうかと思って。そんなにガチガチだったら、怪しまれるよ」
「だ、だからってベタベタ触らないでください。セクハラで訴えますよ!」
怒る水原さんだったけど、確かに緊張は消えたみたい。葉月さんの作戦、成功かな。
振り払おうとする水原さんの手を、 スカートとを翻しながらバックステップで避ける葉月さん。こんな感じでじゃれ合う子は少なくないから、上手く溶け込めそう。
「ととにかく、こんなイタズラはやめてくださいね。それで安藤さん、霊が出るという場所は、どの辺なんですか?」
「あ、そういえば二人には、まだ話してなかったっけ。体育館裏に生えてる、木の下なの。去年の秋ごろから急に、そこで女の子の霊を見るようになったんだよね」
初めてその霊を目にした時のことを思い出す。
霊感があると言っても、ほとんど霊の姿を見えないあたしは、それまでは普通に学校に通って、普通に生活していた。
だけどあの日、体育の授業が終った後。
体育館の側を通った時に、木の下に佇む一人の女子の姿を見かけたのだ。
校内に女子がいたっておかしなことは無いんだけど、気になったのはその子の服装。だってその子が着ていたのはうちの制服じゃなかったから。
他校の生徒かな? 学校見学か何かで、来てるのかなかな? だけどそれにしたって、体育館の裏なんかにいるのはおかしいよね?
不思議に思ったわたしは、一緒にいた友達にその子のことを言ったんだけど、返ってきた答えは。
『梢、いったい誰のこと言ってるの? 木の下になんて、誰もいないじゃない』
とのこと。そこで初めて、その子が幽霊だって気づいたんだよね。
こんなにハッキリ見える事なんて希だから、ビックリしたよ。
で、その時は幽霊なら放っておこうって思って、そのままスルーしたんだけど。
その子は次の日もその次の日も同じ場所にいて。何故かいつももの悲しそうな目をしているんだよね。
どうして急に木の下に現れたのか。どうしてそんな悲しそうにしているのか。
ハッキリ見えているせいか、日を追うごとにだんだんと彼女のことが気になってきて、それで祓い屋を頼ることにしたのだ。
彼女がどうして化けて出たのか。どうして今回に限ってしっかり見ることができるのか。それを確かめたかったから。
これが、相談に至るまでの経緯。
説明すると、水原さんは「う~ん」とうなる。
「同じ場所から動かないとなると、地縛霊でしょうか。けど、急に姿を見るようになったというのが気になりますね。それに、他校の生徒なのにどうして、白雲女学院の敷地内に出たのでしょう?」
「あ、ごめん、言い忘れてた。実は、他校の生徒じゃないみたいなの。その子の制服、調べたらうちの学校の、古い制服だったんだよ」
「古い制服? だったら、昔の卒業生の幽霊かな。それか在学中に亡くなった人? 会ってみないと、なんとも言えないね」
水原さんも葉月さんも、真剣に考えていて。そんな二人を見て、あたしはついクスリと笑ってしまった。
「ん、どうしたの安藤さん?」
「ごめん。今まで幽霊が見える人なんて周りにいなかったから、こんな風に霊のことで話ができるのが、何だか新鮮でつい」
「あー、なるほどね。あたしは生まれも育ちも祓い屋の里だけど、普通はこんな話ができる人ってあんまりいないか」
「私は少し、気持ちわかります。私も昔は霊が見えるって言っても、信じてもらえませんでしたから」
ああ、水原さんもか。
あたしの場合霊感はそんな強くないけど、それでも時々は見えて。なのにその事を誰かに話しても、信じてもらえないのは嫌だったなあ。
けどこうして普通に話せるのって、案外気持ちが良いね。
「あーあ、二人が本当に、うちの生徒だったら良かったのになあ。こんな可愛い後輩なら、大歓迎なのに」
「それじゃあ今日だけ先輩後輩ってことで、楽しくやりましょうよ。と言うわけでよろしく、梢せーんぱい!」
肩に手を置いてきて、可愛らしい声をあげる葉月さん。
先輩、か。ああ、なんか良い響き。
だけどふと水原さんに目を向けると、あれ? なんだかジトーっとした目であたし達のことを見てる。
「葉月くん、あんまりベタベタしたら、安藤さんが迷惑しますよ。さあ、それよりも本題です。霊が出るのは、体育館の裏ですよね。案内してもらえますか?」
「う、うん。こっちだから」
言われた通り、二人を体育館へと案内して。その道すがら、葉月さんにそっと聞いてみる。
「ねえ。あたし何か、水原さんを怒らせるようなことしたかな?」
「梢先輩は気にしなくていいよ。たぶんあたしに怒ってるんだと思うから」
葉月さんに? けど、いったいどうして?
尋ねてみようと思ったその時―—
「おーい、安藤ー!」
聞こうとした瞬間、あたしを呼ぶ声がそれを遮った。
見ると校舎の出入口から、白髪混じりの頭をした男の先生が、アタシに目を向けている。
うわ、ヤバ! 先生に見つかっちゃった!
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