ハライヤ! 弐!

無月弟(無月蒼)

女子高に出る幽霊

安藤梢side

安藤梢、祓い屋さんに依頼します。

 ここは町中にあるコーヒーショップ。普段なら学校の友達と一緒に来てお喋りをしているけど、今日は違う。

 放課後になった途端、一目散に学校を飛び出してここに来たのは、人に会うため。もっと正確に言えば、会って相談をするため、かな。

 わたしはテーブルをはさんで座っているその人に、最近起こったある出来事について話していた。


 あんな話、普通なら信じてもらえない。だから友達にも家族にも言えずにいたのだけど、祓い屋のこの人なら。

 彼女はわたしの話を笑うわけでもなく、真剣な面持ちで聞いてくれていた。


「なるほどね、話はだいたい分かった。君の通っている学校で女子生徒の幽霊が出る。気になるけど、他の人には見えないから誰にも相談できずに困っている、か……」


 コーヒーを飲みながらうんうんと頷いているのは、30歳くらいのスーツ姿の女の人。

 彼女は火村悟里さん。迷える霊を祓うことを生業としている、祓い屋さんだ。


 幽霊が出たなんて言っても、普通なら信じてもらえないけど。火村さんはわたしのことをじっと見つめると、納得したように息をついた。


「君からはわずかだけど、霊力を感じる。大方、波長の合った霊なら見えると言ったところか」

「分かるんですか!?」


 火村さんの言う通り。わたし、安藤梢には霊感がある。

 と言っても、そんなに頻繁に霊を見るわけじゃないんだけどね。


 何となく寒気を感じて、たぶん近くに霊がいるんだろうなって思うことはあるけど、ハッキリ姿が見える事はほとんどない。

 たぶんさっき火村さんの言った、波長の合う合わないが関係しているんだと思う。


 見えない霊が近くにいるって思うと怖いイメージがあるけど、慣れてしまえば案外どうってこと無い。

 気にせずスルーしておこうというのが、わたしのスタイルだ。


 だけど、だけどだよ。最近になって、とても放っておけない事件が起きたの。

 場所はわたしの通っている学校、白雲女学院の高等部。去年の秋ごろからかな。学校のある場所で、頻繁に幽霊を目にするようになったのだ。


 普段なら幽霊を見ても気づかないふりをするところだけど、さすがに 何度も目にしていたら、やはり気になってしまう。

 だけど普通の人は幽霊なんて見えないから、どうしようかと悩んでいたんだけど。

 ネットで偶然、迷える霊を祓ってくれるという、祓い屋の存在を知ったのだ。


 わたしはすぐさま、祓い屋協会って所に電話して。そうして来てくれたのが、火村さんと言うわけ。


 わたしの話を聞いて、霊感があることを見抜いくれた火村さん。

 頼もしいなあ。この人に任せればきっと、大丈夫。そう思ったんだけど。


 火村さんは難しい顔をしながら、静かに告げる。


「君の話はよくわかった。しかし現場が学校の中とは、少々厄介だね」

「え、どうしてですか?」

「出入りするには、学校の許可を得なきゃならないからだよ。おいそれと部外者を入れるわけにはいかないだろ。こういう時、責任者が幽霊を信じない頭でっかちな人だと、許可がおりないケースが多いんだ。祓い屋というのは、色々制限があってねえ。確実に霊がいるって証拠があったら強制捜査できるんだけど、現状ではなんとも」

「そんな、証拠だったらあるじゃないですか。あたし、ちゃんと霊の姿が見えています」


 これはれっきとした証拠になるはず。

 だけど火村さんは何を思ったのか、不意に手の平をあたしにかざしてきた。


「梢ちゃん、今あたしの手の平に、何かが浮かんでいるのが見える?」

「えっ? いえ、何も見えま……」


 いや、よーく目を凝らしてみると、火村さんの手の輪郭が陽炎のように揺らいで見える。

 だけどそれは、言われなければ気づかないくらいの微妙な変化。 火村さんは手を引っ込めると、言いにくそうに口を開く。


「今のはちょっとした術を使ったんだけど、君はちゃんとは見えていなかったよね。この事からも分かるように、梢ちゃんは霊感があると言っても、波長の合った霊しか見ることができない。これだとちょっと、証言としては弱いんだよ」

「そう言われると……。で、でも学校に出る幽霊は、ハッキリ見えるんです。信じてください」

「うん、君がウソを言ってるとは思わない。ただ厄介なことに祓い屋の規定で、一定レベル以上の霊感が無い人の証言だと、証拠としての効果が弱いんだ。もっとたくさんの人が目撃していたり、調査員を派遣して確かな証拠を掴んだりできたら良いんだけど、現状では……」


 無理と言うことか。どうやら祓い屋にも、面倒な制約があるみたい。

 さっきの話だと、先生に言って許可をもらったら何とかできそうだけど、幽霊が出るから校内に祓い屋さんを入れてほしいなんて言っても、まともに取り合ってくれるかどうか。

 ううっ、せっかく相談したのに、何もしてもらえないなんて。


 だけど落胆していると、火村さんは何か思い付いたような顔をする。


「いや待てよ、この方法ならいけるか。梢ちゃん、少しだけ待っててもらえないかな。学校に入るための準備をするから」

「えっ、許可を取ってくれるんですか?」

「いや、きっと正攻法だと時間が掛かる上に、本当に許可がおりるか怪しいからね。だから、ちょっとした裏技を使わせてもらうよ。白雲女学院の制服を取り寄せて、生徒になりすまして学校に入るんだ」

「ええっ!?」


 生徒になりすますって、そんなことしていいの? いや、ダメに決まっている。

 けど火村さんの目は真剣で、ふざけてこんなことを言っているとは思えない。

 きっとわたしの話をちゃんと受け止めてくれて、どうすればいいか考えてくれたんだ。


 実は最初、祓い屋に相談するって決めた時は大丈夫かなって心配だったけど、『仕方がない』ですませずにちゃんと向き合ってくれてることが嬉しい。

 ただそれはそれとして、一つ気になることが。


「あの、うちの制服を着て生徒に成りすますんですよね。いったい誰が、それをやるんですか?」

「ん、もちろんあたしだよ」


 …………はい?


 キョトンとした様子で、当たり前だと言わんばかりに言い切った火村さん。

 だ、だけどちょっと待って。火村さんっていくつなの?


 あたしも今着ているうちの制服は、上は緑を基調としたブレザーで、舌はチェック柄のスカート。見た感じアラサーの火村さんがそれを着るというのは、ちょっとどうかと……。


 火村さんは美人でスタイルがよく、祓い屋じゃなくてモデルだって言われても納得できるほど綺麗だけど、それ故に高校生と言い張るのは無理がある。

 この人が制服を着てうちの学校に来ようとしても、その前に警察から職質されそうだよ。

「あの、本当に大丈夫なんですか?」

「平気平気。あたしこう見えても、腕は確かだから。その霊が危険なものならちゃちゃっと祓うし、悩みを抱えているならパパッと解決するよ」


 自信満々に答えてくれたけど、心配しているのは祓えるかどうかじゃないんだけどなあ。

 だけどやる気になってる火村さんを前にして、「あなたが高校生に変装するのは無理があります」なんてどうしても言えずに。

 結局この、危険きわまりない作戦でいくことになっちゃった。



 で、その日はそれでいったん別れたんだけど、数日が経って火村さんから制服の準備ができたと電話をもらった時は「あ、本当にやるんだ」と改めて心配になった。


 大丈夫かなあ? いや、たぶん大丈夫じゃないだろう。そんな不安しかない状態で迎えた、作戦決行の日。

 今日は土曜で、学校はお休みなんだけど、部活動で出入りしている生徒も多く、自由に動き回るには最適。

 あたしも校内を案内役するため同行することになったんだけど、昨夜は心配しすぎて眠れなかったよ。


 だけど眠い目を擦りながら、待ち合わせ場所であるコーヒーショップを訪れたあたしを待っていたのは。


「はじめまして、安藤梢さんですね。悟里さんに代わって今回の件を担当する、祓い屋の水原知世です」


 挨拶をするのは、小柄なツインテールの、真面目そうな女の子。

 そして隣にはもう一人。


「同じく祓い屋の、葉月風音。今日はよろしくー」


 こっちは明るく活発的な感じの、ロングヘアーの可愛い女の子だ。


 そんな二人の服装は緑のブレザーにチェックのスカート。うちの高等部の制服だ。

 だけど水原さんも風音さんも、うちの生徒じゃない。どうやらこの二人が白雲女学院に潜入するつもりらしいけど、火村さんと大きく違うのは、彼女達の年齢。

 見た感じ歳は二人ともあたしと同じ、高校生くらい。つまり、制服を着ていても全く違和感がないってこと!


 よかった! 最大の難関がクリアされた!


「今日は潜入捜査だって聞いたんで変装してきたんだけど、どう? ちゃんと白雲女学院の生徒に見えるかな?」

「葉月君、スカートをパタパタさせないでください、はしたないですよ。すみません、急に担当が変わってしまって。けど、仕事はちゃんとしますから、安心してください」


 水原さんはそう言ったけど、全然OK!

 先生に怪しまれて、こっ酷く怒られる未来を想像していたあたしは、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る