第2話浮かぶ。漂う。②

 翠は船に明るくない。造船所の社員であってもだ。彼女がこの会社にやって来たのは3年前。地元企業に派遣社員として入社した。そこから彼女は教えてもらった仕事を上手くこなしてはいる。それは事務所でこなす作業、そして命名式での動き方である。船のことについて知っているのは、式典などで必要な情報だけであった。船は全長約300メートルのコンテナ船。そのコンテナ船にはコンテナが10000個積める。その船は東京ドーム15個分の敷地で作られている。このような広報的な意味合いの情報のみが彼女が知り得る知識だ。他の知識は彼女に求められてはいなかった。

 翠にとって、造船所はどこか別の世界に思えた。勤め先といっても、彼女の世界と繋がっていないように感じていた。総務課として仕事をこなすデスク。そこから眺める造船所の風景は、非日常のようだ。林立するジブクレーン。巨大な門型のゴライアスクレーン。それらを使って多くの作業員が汗を流し船を作る景色。自らとは無縁の世界。どこか疎外感を感じずにはいられない。与えられた仕事をただこなす日々にあって、外の世界と唯一繋がる時間が式典だった。晴れの日のみが彼女と船を近づける瞬間だった。

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藍鉄色に交われば ごぼうのobjet @riverfield0848

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