第57話 終章

  終章


 アオハさまがいなくなってから、一月が経ちました。


 事件の直後、わたしたちは魔力災害対策委員会マタイに身柄を拘束され、厳重な箝口令かんこうれいを命じられました。ですが、結局表立ったおとがめもなく、数日で解放されました。 

 瓦斯鬼がすき少佐が企てた計画は、表向きには一切公表されませんでした。

 今回の「重大インシデント」、つまり伝説ヘカトンケイル級怪異の復活未遂は、伯嶺学園理事長であり戦律師、四神楽しかぐら石榴ざくろが鎮圧したということにされ、公式発表されました。

 つまり皮肉にも、「戦律師の活躍」という瓦斯鬼少佐が望んだ形で、今回の事件は幕を閉じたのでした。

 戦律師を再評価する動きも、(小指の先ほどですが)感じられます。大きな被害が出る前に事態が収束したため、その注目度が低いのは、これもまた皮肉なことですが。

 一時は学園理事長を解任された石榴でしたが、事件後には何事もなかったかのように理事長職に復帰。背後でどのようなやり取りがあったのかは、わたしには知ることもできませんし、興味もありません。


 瓦斯鬼少佐の遺体は、未だ発見されていないそうです。


「このままじゃ、この仮設事務所もお取り潰しかしらね」

 放課後、地下の部室で月城つきしろさまが、お茶を啜りながらそんなことを呟きました。

「……ここ一ヶ月、なにもできてないしね」

「しかたねーにゃろ。あんなことがあったんだからナ」

 湿気に悩まされた梅雨が明け、もう間もなく夏がやって来ます。伯嶺はくれい学園の夏は、山の緑が強い日差しに映える、とても美しい季節です。

 それなのに、この景色を一番見せたい人が、ここにはいません。

「……ほら、お茶でも飲みなさい」

 俯いたわたしに、月城さまがお茶を注いでくれました。目の前にお菓子が押し出されて、隣を見るとさかきさまが「それ、やるのナ」と短く呟きました。

「四神楽さん、これ」

 黒菱くろびしさまから頂いた封筒を開けると、デートのときの服装のアオハさまの写真が十枚以上入っていました。

「……ありがとうございます」

 掠れるような声で、わたしは呟きました。


 夏休みまであと一週間を切った、月曜日。

 ホームルームの席に座り、わたしは今日の課題を確認します。

 わたしの隣は、誰も座ることなく空席が続いています。

『凜火お前また課題サボっただろ!』『なんでそんな簡単なとこ間違えるんだよ!』『教えてやるからコレ見ろ』『尻を触るなっ!』

 ふとした瞬間に彼の声がよぎるのを止めることができません。その度に、彼の不在を突きつけられるというのに。

「おはよう! 夏休みまであと一週間だが、浮かれて気を抜くなよぉ!」

 担任の先生が、いつものように声を張り上げて教室に入ってきます。その声を遠くに感じながら、わたしは窓の外に視線を投げ──

 青い葉を茂らせた桜の木の下に、大柄な男が立っているのを目にしました。

 額に傷のある、あれは……まさか、

「……瓦斯鬼少佐」

 ガタッ! 椅子を蹴り飛ばし立ち上がったわたしに、教室中の視線が突き刺さりました。教壇で先生が首を傾げます。

「どうしたぁ、四神楽?」

「あ、いえ……」

 再び窓の外に視線を戻すと、桜の木の下から人影は消えていました。わたしの、見間違えでしょうか……

「さて、お前ら! こんなタイミングだが、転入生の紹介だ!」

 突然、担任が大きな声を出しました。クラス中がざわめきます。

「驚くのはわかる。おれ自身ぶったまげたからな。お前らも、腰抜かすなよぉ~」

 妙に期待値を上げ、担任は「入って良いぞ~」と廊下に声を掛けました。

 ガラガラと戸が引かれ、転入生が教室に足を踏み入れます。

 その姿に、潮が引くように教室中が静まりかえっていきました。

「え……」「まさか……」「でも……」「あれは……」

 

 ゆっくりと、クラス中に、地震の前触れのようなざわめきが広がりました。

 そして——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る