第58話 最終話

 ——そして。

 黒板の前で胸を張り、「彼」が口を開きました。


「本日このクラスに転入しました、姫桜きざくらアオハです。ちなみに性別は男。よろしく」


 オレは青銀色の髪を揺らし、同じ色の瞳で教室を見渡す。男子の制服に身を包んだ背筋を伸ばし、一礼した。

 直後、教室は大混乱に陥った。

「なぁあああああ!?」

「アオアオが、男!?」

「そんな!?」

「まさか!?」


「「「「だが、それがいい!!!!」」」」


 教科書ノートをぶちまけながら雄叫びを上げる益荒男ますらおどもに、オレは懐かしさを感じ…………いや、こんなもんに安らぎ感じるワケねーだろ!!

「キモいぞお前らッ!!」

「ひめひめが怒った!」

「怒った顔もか゛わ゛い゛い゛!!」

「よっ! 性別アオアオ!」

「いいぞ、もっとやれ!」

「なじって!」

「蹴って!」

 え……マジかよ。オレの予想と反応が違う……

 野郎どもの想定外の反応にフリーズしていると、一人の生徒が近づいてきた。

 スラリと背の高い、黒髪の女子生徒に、オレはひらりと手を振った。

「よ、凜火りんか。元気してたか?」

「アオハ、さま……ですよね?」

「あったりまえだろ! 他にこんなカラーリングの奴がいるかよ」

 短く切りそろえた青銀色の髪をつまむ。凜火はオレの前に立ち尽くして、胸元のペンダントをぎゅっと握りしめている。

「……聞いたよ。あのとき、凜火がオレを助けてくれたって」

 あのとき——伝説ヘカトンケイル級怪異を倒した後——間違いなくオレは死んだと思った。

 けれど、生き残った。彼女の、凜火のおかげで。

 意識が途切れる直前、凜火はオレにキスすることで、ペンダントに忍ばせていた魔力結晶を口移しでオレに呑み込ませたのだ。

 オレの一部である《賢者の石》の欠片はオレに魔力を供給し、オレの一命を繋ぎ止めた。

 それでも大部分の魔力を失ってしまったオレは、一月以上を掛けて魔力を補い、今日ようやく「転入生」として伯嶺はくれい学園戦律科に戻ってきた。

「また、助けられたな……凜火、ありがとう」

 今までずっと伝えたかった気持ちを、まずは一つ、凜火に伝えることができた。

 凜火の瞳が潤み、綺麗な雫が彼女の頬を伝う。って泣くな泣くな!

「連絡できなくて悪かった……むわぁああああ!?」

 涙を散らして、凜火が抱きついてきた。そのままオレは押し倒されて床の上に転がる。教室に黄色い悲鳴が広がる。

「ずっと、ずっと心配してたんですよ……!」

「悪かったって……」

「もうずっと欲求不満で!」

「謝ったオレがバカだった!? とにかくどけ! こんな所でなにやってんだ!?」「人目のないところならいいですかっ!?」

「良いわけあるか! 節度と理性を持てこの淫獣! いいからどけ! 立てないだろ!」

「勃てない!? それはいけません! 今すぐわたしが──」

「違ぁああああああッ!?」

 凜火を引っぺがし、ぜーぜーと上がった息を整える。

「凜火、お前にはもう一つ、言いたいことがある」

「ええ、ええ! なんでも仰ってください! どんなプレイでもお応えします!」

「だからそういうことじゃねーばか!」

 ごほん、と咳払いしてオレは凜火の耳元で囁く。


「好きだ、凜火」


   《了》

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