第47話
3
薄暗い通路を、
「……え? アオハちゃん、だよね?」
ハッチを閉めた
「みんな何やってんだよ!」
部室に集まった恵、イリス、さわりを見渡し、オレは叫ぶ。
「倒れてる凜火さんを見つけて、ここに運んだのよ」
イリスが代表して答える。
「今からでも遅くない、避難しろ!」
「あなたは、どうするつもりなんです?」
がなり立てたオレに、イリスが問う。
「オレは……。ここに残る」
「何故?」
「それは、言えない……」
「どうしてかしら?」
「言えば、みんなを巻き込むことになる……」
その途端、イリスが拳を握り締めた。
「わたくしたちを信頼してくれないのかしら? わたくしたちは、仲間じゃなかったの!?」
「そういうレベルの話じゃないんだ! 命に関わるんだぞ!」
「だったらなおさら一人でどうこうできるなんて、思い上がりも甚だしいわ!」
イリスは頬を怒りで紅潮させ、オレを睨む。
「アオハさん。あなた自分でわたくしに言ったわよね。自分一人では強くなれないって。それでわたくしを仲間に加えたんじゃなかったかしら? それなのに、ここぞという所でわたくしを追い出すのですか? 本当にそんなことをするのなら、わたくし、あなたに失望しますわ」
「だったら……出てけば良いだろ。言ったじゃないか、オレに失望したら出て行ってくれて構わないって」
……今は、その方が良いんだ。
望まない別れに、オレは唇を噛む。すると突然、むにゅ、とほっぺたをつままれた。驚いて顔を上げると、唇をわなわなさせたイリスがオレの顔を掴んでいた。な、なにすんだ!?
「そういう拗ねた感じが腹立つのよ! ちょっと前のわたくしがこんなだったと思うと余計に!」
むにゅむにゅとイリスがオレのほっぺたをこね回す。
「ひゃめ、ひゃめほぉ!」「誰が止めるもんですか! 悔しかったら自分ではね除けてごらんなさい! それも出来ないのに、わたくしを追い出そうなんて、片腹痛いですわ!」
むにゅにゅにゅにゅッ! 頬をこね回すイリスの手は、頑としてオレから離れようとしない。……って凜火! どさくさに紛れて尻揉んでんじゃねえ! やめろ! ヤァメェロォぉおッ!!
「わかった! わかったから放せッ!!」
女子二人に揉みくちゃにされ、オレは幸福……じゃなかった降伏した。イリスがパッと手を放す。……凜火、お前も放せ。
「じゃあ、まずは聞かせてもらいましょうか。何が起きているのか。それと」
イリスがオレの髪をつまむ。
「これは、一体どういうことかしら?」
「アオハちゃんが、《賢者の石》……?」
オレの正体を知った恵とイリスが息を呑んだ。既に知っているさわりも、瓦斯鬼の計画に目を見開いている。
「ホレ見ろアタシが言った通りナ!」
「確かにあの時点であそこまで予想してたのはさわりだけだ。凄いよ」
「ふふ~ん。そうにゃろそうにゃろ」
「凜火さんは、全部知っていたんですか?」イリスが凜火を見つめる。
「ええ。アオハさまが地下施設にいることも、わたしは以前から知っていましたから」
え? 初耳だけど、それ……
「そうなのか?」
「はい。ですから収容所で異変が起きたと石榴から聞いたとき、いち早く行動に移せたのです」
そうだったのか。……ん? あれ? でもそれだと……
「で、これからどうするの?」
恵に訊ねられて、何かに引っかかっていたオレの思考は中断される。
「……オレは、瓦斯鬼を止める。理事長が拘束された以上、奴を止められるのはオレしかいない」
「だからって、あなた……。死ぬかもしれないのよ!」イリスの表情は強張っていた。
「ここで逃げたらオレは一生、超一流の戦律師にはなれない」
いま瓦斯鬼を見逃せば、間違いなくオレは後悔する。奴の二の舞にはなりたくない。
「いいか。オレが話したのは軍やマタイの機密だ。知ってることがバレたらただじゃ済まない。今ならまだ間に合う。お前たちだけでも逃げろ」
部室に沈黙が広がる。そのとき、さわりが顔を上げた。
「どうやら」さわりが狐耳をぴくぴくさせて天井を睨んだ。「そんな余裕は無いっぽいのナ」
「どういうこと?」「地上が騒がしいのナ。コレは囲まれてるナ」
オレたちは思わず息を潜める。「もう逃げられないのナ」さわりが好戦的に吐き捨てる。
「ボクは、アオハちゃんをサポートしたい」
突然、恵がぽつりと呟いた。その隣で、さわりが耳をパタパタさせる。
「アタシの庭をめちゃくちゃにされて、放っておけるわけないにゃろ。アタシも行くのナ」
イリスが深い溜息をつく。
「ここで逃げたら防律師の名折れ。まったく、本当にバカなんだから……。でもいい? 誰も死んじゃだめよ」
「本当に、良いのか」
「良いのよ。ここで逃げて後悔するより、あなたたちと一緒に戦って後悔する方が、きっと……」
うつむき掛けたイリスは、いつも持ち歩いている日傘でカンッ、と地面を突いて、表情を引き締める。
「もう、他に隠していることはないわね?」
イリスの質問に、凜火の肩がわずかに震えた。オレは手を上げる。
「あ。オレ実は男です」
イリスが一瞬ぽかんとして、眉をひそめる。
「こんなときに何言ってるのよ」
「いやいや、ホントホント」
「……え?」
イリスが目を細めてオレに近づく。すると凜火が手を伸ばし、イリスの手を掴んだ。
そして。
イリスの手を、凜火が押し当てた。
オレの股間に。
「…………は?」
イリスはぽかんとしたまま固まった。ぱちぱちと瞬きしながら、手に触れたモノを、反射的に握る。
むにゅっ。
「どうですこのもちもち具合、実に素晴らしいおいなりさんだと──」
「「ヘンタイッ!!」」
「はぎゃんッ!!」
顔を真っ赤に染めたオレとイリスのビンタが、凜火に襲いかかった。
「バカやってる場合じゃないにゃろ! 逃げるのナ!」
さわりが声を潜めて叫ぶ。そうだった。こんなことしてる場合じゃない。
地上に逃げ道がないなら、残るは一つきり。
《アガルタ》に続くハッチを、オレたちは見つめて頷いた。
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