第46話

   2


 薄暗く、じめじめした部屋。朦朧とする意識の中でオレは懐かしさを感じる。

 ここは……

 誰かの気配を感じる。周りを見渡すと、怯えた表情の子供たちが何人も横たわっていた。あぁ、そうだ。ここは、そういう場所だった……

『きみ、だいじょうぶ?』

 優しい声がオレに掛けられた。

『こわいの。また、腕や足を切られるんだ……』

『どうしてそんなこと! あれ、でもきみ、手も足も生えてるじゃない』

『ぼくは、特別なんだって……ぼくのカラダは、魔力がたくさんだからって……』

 オレの冷たい手を、その人が握った。オレよりもすこし大きな、けれど柔らかい手。

 その人がオレを抱きしめ、髪を撫でた。ひとに抱きしめられたのは初めてだった。

 オレの身体に他者の温もりが広がっていく。それと同時に、まるで吸い取られるようにして、身体の震え──恐怖が消えていった。

『あ、ありがとう……』

 オレの感謝に、その人は大きく目を見開いた。肩が震えて、瞳が潤む。

『どうして、泣いてるの……? いたいの? こわいの?』

 訊ねると、その人はぶんぶんと首を振った。

『初めてだったの。誰かにありがとう、って言われるのが。だから、わたしもありがとう』

 その人が浮かべる笑顔に、オレの頬が熱くなる。

『あの、これ……あげる』

 恥ずかしさを紛らわせたくて、オレはポケットに隠していたものをその人に手渡した。

 青銀色の光を放つ、透明な小石を見つめてその人は『……きれい』と呟く。

『ぼくの一部なんだって。よくわかんないけど、たぶんきっとスゴいんだ』

 青銀色の欠片を手に、その人が決意を秘めた顔でオレを見た。

『……わたしが、キミを守ってあげる』

『きみが?』

 キョトンと首を傾げるオレに、その人はわずかに視線を逸らして、

『だって……わたしは超一流の戦律師なんだから』

『せんりつし?』

『知らない? とっても強いんだって……じゃなくてっ、つよいの!』

 コホン、と咳払いしてその人はオレの頭を撫でた。

『だから、キミはもう大丈夫。安心して……。そういえば、キミ名前は?』

『なまえ、……もってない』

 オレが呟くと、その人が目を輝かせた。『じゃあわたしが付けてあげる!』オレの髪を撫でながら、その人は呟く。

『青くて、海の波みたい……青い波、波、は、あお、は……アオハ!』

『アオハ?』

『そう。キミは、アオハ。アオハだよ』

 アオハ……オレは口の中で名前を転がす。胸の奥に、柔らかい温もりが溢れてきた。

『ぼくはアオハ、アオハだ! ありがと。とっても気に入ったよ!』

 思わず笑みが溢れ出す。ふと、その人の名前をまだ聞いていないことに気付いた。

『ぼくは、アオハ。きみは……?』

『わたしは──……』

 ドッ、と衝撃が襲いかかり、オレたちは床の上に吹き飛ばされた。キーン、と耳鳴りが響く。あちこち打ち付けた手足が痛む。大勢が走り回る衝撃が床から伝わってくる。大きな破裂音がそこら中で鳴り響いている。

 気が付くと音は止んで、目の前に銃を持った大人が何人も立っていた。

『青銀色の髪に瞳……間違いない、目標を発見。これより収容します』

 大きな手が、オレに近づいてくる。怖い、怖い怖い怖い! やめ、やめて、やめ……!

 青銀色の稲妻がオレの中で弾ける。


「──止めろォオオッ!!」


 バヂッッ!!

 青銀色の魔力が爆発し、オレの頭を掴んでいた瓦斯鬼がすきの手を弾き飛ばした。

「なっ、なんだァ?」

 右手を押さえ、瓦斯鬼が目を白黒させる。オレから溢れ出した青銀色の魔力が、部屋中を暴れ回る。

 瞳に入れていたカラコンが一瞬で蒸発した。銀色に染まっていた髪も、時間を巻き戻すかのように青銀色を取り戻していく。

 突然、天井の通気口がぶち破られ、缶コーヒーくらいの大きさのものが部屋に転がり込んだ。

「グレネードッ!!」黒頭巾の一人が叫ぶ。

 ──カッ! 真っ白い光と、耳をつんざく轟音が弾けて、部屋の中が混乱に陥る。

 拘束されていた手が、突然解放された。耳元で、懐かしい声が囁く。

「助けに来ました」

凜火りんか!」

 頭に血の滲んだ包帯を巻いた凜火が、オレを抱き上げた。直後、鋭いステップを切る。刃が空を切る音が、すぐ耳元を掠めた。

 オレの青銀色の髪がザックリと切り落とされ宙を舞う。

「ハハァッ! やるなァ、小娘!」

 瓦斯鬼が振り抜いた戦斧を片手に、壮絶な笑みを浮かべていた。

 凜火は答える代わりに、新たな閃光手榴弾を投げつけた。

「逃げます。舌を噛まないようご注意ください」

 閃光と爆音が弾ける直前、オレたちは通気口に飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る