第48話

「作戦はこうだ」

 《アガルタ》に張り巡らされた隠し通路の一つ。さわりがこっそり作っていた秘密基地でオレたちは向き合っていた。

 左右のほっぺたに赤いモミジを貼り付けた凜火りんかの隣で、先ほどオレの股間を鷲掴みにしたイリスがまだ顔を赤くして放心している。

 ちょっと、手をにぎにぎすしないでよ……

「……聞いてる?」

「き、聞いてるわ! ちょっとぼーっとしてただけよ!」

 ホントに大丈夫かよ……

「月城さまもすっかりアオハさまのおいなりさんの虜ですね」

「ちちち違うわよ! 勝手なこと言わないでくれます!?」

「始めはびっくりしますけど、だんだん気持ち良くなって来ますから、大丈夫ですよ」

「なにが!?」


「『作戦はこうだ』って言ったんだからちゃんと聞けよ!」


「はい」「すみません」

 気を取り直して、オレは一同を見渡す。

瓦斯鬼がすきの計画を阻止するには、《アガルタ》の《賢者の石》を守るしかない。こっちにはさわりがいる。施設まで、最短経路で行ける。瓦斯鬼より先に《賢者の石》まで行って防衛線を張る」

「それだけナ?」

「そうだ……」

「作戦ってほどのものかナ」

「うっさい。相手はプロの戦律師なんだ。マトモに戦えるわけないだろ」

 せめて石榴が居てくれれば……。考えかけてオレは首を振る。居ない人をアテにするな。

 目の前に、持ち出してきた装備を並べる。さわりが書き出した《アガルタ》の地図。凜火が武器庫から盗み出してきた武装。イリスの魔導ジャミンググレネード。そして、

「これ、頼まれてたの」

 恵が、部室からずっと手にしていたスーツケースをオレに差し出す。

「完成したの!?」

「うん、昨日の晩、ようやく」

 助かった……これで、ちょっとはオレも戦力になれる。

 スーツケースを開けると、一着のスーツが仕舞われていた。三つ揃いの、「男物」のスーツが。

「おおお! カッコいい!」

「これが攻撃を受けると透けるえっちな服……」違うよ?

 オレの歓声に、恵が頬を掻く。

「久しぶりに作ったから、ちょっと拙いけど。でも、使ってる生地は月城さんからもらった最高品質の魔導素材だから、きっと役に立つよ!」

「着て良い?」

「もちろん!」

 みんなにはむこうを向いてもらって、オレは早速スーツに袖を通す。凜火、手鏡越しにこっちを見るのを止めろ。

 烏色からすいろの魔導素材は滑らかなシルクのようで、スーツはまるで喪服のように黒い。寸法も完璧に合っている。着苦しさは一切ない。

 同じ素材で造られたネクタイを手に取る。

 首に巻いて、ネクタイを締め、結び……

 背中を向けたみんなに、オレはそっと尋ねる。

「ネクタイってどうやって結ぶの……?」

 オレの首元でネクタイがわっちゃわちゃに絡まっている。いやこれ、意味解らん……

 途方に暮れていると、凜火がオレの前にしゃがみ込んだ。「こうですよ」オレに向き合ったまま、凜火が器用にネクタイを結んでいく。

「……上手いな」

「こんなこともあろうかと、練習しておきましたから」

 ネクタイの角度を調整して、「できました」と凜火が一歩引いてオレを見つめる。

「とってもお似合いです。格好いいですよ」

「ほ、ほんとに……?」凜火に格好いいと言われて、思わず胸がときめく。

「ええ、とっても」凜火が微笑む。

「下に女の子用の下着を着ていると思うと、ギャップでコーフンします」前言撤回。オレのときめきを返せ今すぐ!

「うん、ばっちりだよアオハちゃん!」

「ふ、ふ~ん? けっこう似合ってるじゃない」

「馬子にも衣装ってやつナ」

 各々好き勝手な感想を受け取り、オレは気を引き締める。


「行くぞ。みんな」

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