第37話

「《第拾弐トゥウェルブディストラクション》の原因が、お前でもか?」


 瓦斯鬼がすきの声が響いた。

 アガルタの中央縦坑セントラルシャフトのように黒い目で、瓦斯鬼はオレを見つめていた。

「な、に……言ってんだ。そんなこと」

 言葉が途切れる。

 

 オレは、数年前に《第参アガルタ》に連れてこられた。

 《第参アガルタ》には、元から《賢者の石》があった。

 《賢者の石》が封印の要石なのだとしたら。

 

 なら、《賢者の石オレ》は──……


「《第拾弐ディストラクション》は、《第拾弐アガルタ》深部調査隊が、伝説ヘカトンケイル級怪異を封じていたお前を不用意に持ち出したことが原因で発生した」

 そんな、でも……

「調査隊を派遣した環境省はその事実を隠蔽し、あまつさえその後の混乱でお前を喪失。十年後ようやく発見するも、お前の存在は秘匿され、それからずっとお前は穴蔵生活だ」

 オレの手を、凜火が握り締める。

「環境省外局の魔力災害対策委員会まりょくさいがいたいさくいいんかい——いわゆるマタイは発生した怪異災害の処理を俺たち軍の戦律師に放り投げた。調査隊や《賢者の石》の事実を告げずに、だ。俺たちは対処法もわからぬまま、我武者羅に戦い、多くの仲間が死んだ」

 瓦斯鬼は折れた角を撫でる。

「全滅に近い損害と引き替えに、伝説級を殺すことには成功した。だがな、その後に俺たちがどういう扱いを受けたのか、知ってるだろ」

 《第拾弐ディストラクション》は、戦律師不要論を勢いづけるきっかけになった。戦律師を時代遅れと位置づけ、防除調律師こそがこれからの調律師だと、世論は形作られた。

魔力災害対策委員会マタイを擁する環境省は、戦律師不要論の最先鋒だ。奴らテメェの尻ぬぐいを俺たちに押し付けただけじゃ飽き足らず、自らが引き起こした未曾有の人災を隠蔽し続けている」

 瓦斯鬼が、オレに問う。

「許せるか、この状況を?」

「俺は《賢者の石》であるお前を非難するつもりはねぇ。むしろ被害者だと思ってるくらいだ。だが、戦律師が社会的悪として見られている今、もしお前が《第拾弐ディストラクション》の原因で、しかも戦律師を目指していることが人々に知られればどうなる?」

「……それは」

「俺に協力しろ。そうすれば、最もスマートな形で戦律師を取り巻く状況を改善してやる。お前だって、胸を張って戦律師になれるんだ」

「でも、それなら、テロなんて起こさなくても……」

 オレの弱々しい反論を、瓦斯鬼は苦笑で弾き返す。

「事実を公表すりゃいいってか? よしんば上手く曝露できたとしてだ。どの程度の人間が考えを改める? 『あっそう、でもお前らが被害抑えられなかったのは事実じゃん』って言われるのがオチだ」

 言葉に詰まるオレに、瓦斯鬼は教師のような顔を向ける。

「いいか? 世の中の人間ってのは、現実的な脅威にさらされないと、考えを改めねえんだよ。百回の正論より、一度の危機感の方がずっと効果的なんだ。悲しいことにな」

 そう言う瓦斯鬼の目には、人間に対する諦観が漂っていた。だがそれもすぐに消える。

「俺に協力しろ。難しいことは何もない。お前はこの街から、《第参アガルタ》から離れるだけでいい。そうすりゃ後は俺たちが片付ける」

 瓦斯鬼がオレに手を差し伸べる。凜火の手よりも大きな、本物の戦律師の手が。

 オレの手を、凜火が力強く握り締めた。瓦斯鬼よりも柔らかい、けれど安心する手が。


「──……お断りだ。瓦斯鬼、アンタの言うことは、確かに一部筋は通ってるかもしれない。けど、オレはアンタに協力はしない。オレは、アンタの仲間にはならない」


 くたびれた顔で瓦斯鬼がバリバリと頭を掻く。

「……ハァ、そうかい。やれやれ。せっかく今まで穏便にやってきたのによ……」

「アオハさま」凜火が耳元で囁く。

「囲まれています。少なくとも十人。恐らく狙撃手も」

 ギリ、と奥歯を噛みしめる。そりゃ、穏便に帰してくれるわけねーか……

「凜火、武装は?」

「九ミリが一丁、弾倉二本にナイフ一本です」

「はっ、やべーな……」

 どう足掻いたって、十人以上の本職に敵う武装じゃない。

 けど。

「好きなだけ魔力やる。大暴れしてやれ」

「うふふ、承知しました」ヨダレを拭けお前は。

「おいおい、こっちは軍人だ。怪異だけじゃなくて、魔術師も殺し慣れてる。止めとけって」

 瓦斯鬼が本気で心配した顔をする。余裕こきやがって、オレたちじゃ手も足も出ないってのか……!?

「行くぞ、凜火」

「ええ、イキましょう、アオハさまっ」

「だからお前は! ……ああもういい! 行くぞッ!」


「止めなさい。二人とも」


戦端を開こうとしたオレたちを、冷たい女性の声が引き留めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る