第36話

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「収容所を襲撃、《アガルタ》から怪異を誘引して施設を壊滅させた。襲撃されるなんて思っても見なかったんだろうな。案外簡単にできたぜ」

「ちょ、ちょっと待てよ! 何のためにそんな」

伝説ヘカトンケイル級怪異の封印を解くためだ」

 瓦斯鬼がすきは淡々と告げた。待て待て待て、理解が追いつかない……!

「《第参アガルタ》には、伝説級怪異が封じられている。その封印の要石……原子炉の制御棒つった方が正確な喩えだが……それが《賢者の石》だ」

 瓦斯鬼がオレを見つめる。オレはだんまりを決め込んだ。

「《第参アガルタ》の《賢者の石》は二つ。一つは元から第参で怪異を封じ続けていたもの。そしてもう一つは、ごく最近になって、先代の石が死滅した場合の予備として他所から持ち込まれたもの。つまり──」

 瓦斯鬼がオレを指さす。「お前だ」

 コイツ、やっぱりオレの正体を……!

「《賢者の石》を取り去ることで、伝説ヘカトンケイル級怪異を復活させようとした。ちぃっと邪魔が入って、そんときは失敗したがな」

 オレが凜火と出会ったあの日、ひょっとしたらこの街は滅んでいたかもしれない。背筋に冷たいものが流れた。

「そりゃ良かった。アンタが失敗したおかげで、世は事もなしだ」

「はっ。全くだ。世の中はなんにも変わっちゃいねえ。そこが問題なんだ」

 悪びれる様子もなく、オレたち馬鹿にするような目で瓦斯鬼は吐き捨てた。

「伝説級怪異を復活させて、十七年前と同じ怪異災害を引き起こして、何がしたいんだよ……。アンタ軍の戦律師だろ! みんなを守るのが仕事じゃないのかよ!」

 瓦斯鬼の顔の表面に、ほんの僅か、陽炎のように感情がよぎった。

「俺の目的は、戦律師の名誉回復だ」

「何言ってんだ、アンタ……」

「いいか? 伝説級怪異つっても、無敵じゃあねぇんだ。ヤリ方さえ知ってれば、殺すのはそれほど難しくねえ」

 その言葉に、オレと凜火は目を見開く。十七年前、多くの戦律師が伝説級怪異との戦いで命を落とした。その恐ろしさは、戦律科生徒なら嫌と言うほど教え込まれている。それなのに、伝説級怪異を倒すのが、難しくない……?

「信じられないな」

「十七年前、実際に伝説級とやり合って得た確信だ。間違いない」

 真っ直ぐな瞳で、瓦斯鬼は言った。コイツ、伝説級と戦ったことがあるのか!?

 驚きと同時に、怒りが湧き起こってくる。

「だったら、なんでテロなんて起こすんだ!?」

「俺の目的あくまで『戦律師が伝説級怪異を討伐するのを世界に見せつける』ことだ。不要な人死には、俺だって望んじゃいない」

「なんだよそれ、自作自演じゃないか!」

「そうだ。完全なマッチポンプ。だが、成功すれば間違いなく戦律師の社会的地位は向上する。戦律師の必要性を社会に認識させる。それが俺の達成目標だ」

 たしかに、もし被害を出さずに伝説級怪異を討伐できたら、戦律師への評価は見直されるだろう。

 だけど、

「そのために収容所を襲ったのか。関係ない人を、怪異に殺させたのか……!?」

「《大義のための犠牲》ってヤツだ」

「ふざけんなッ! 訳知り顔でのたまってんじゃねぇッ! 何が大義だ! テメェの都合で、戦律師の名前に泥塗るんじゃねぇぞッ!!」

 あまりの怒りに頭がチリチリする。身体中から、魔力が怒りを纏って溢れ出しそうだった。

「残念だな。お前なら、理解してくれると思ったんだが」

「抜かせ! 誰がテメェなんかに──」

 オレの言葉を、瓦斯鬼が遮る。


「《第拾弐トゥウェルブディストラクション》の原因が、お前でもか?」

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