第35話

   3


 軽薄な声に振り返ると、大柄な男が一人佇んでいた。パーカーのフードを被っているので、表情は窺えない。しかし口元にニヤニヤと笑みを浮かべているのは見て取れた。

「おぉ~二人とも可愛いじゃん? ね、どう? メシ奢るからさ」

 前を開いたパーカーの下、男の肉体はかなり鍛え上げられていた。おお、良い筋肉してんな……ちょっと憧れる。

 歩み寄ってくる男と凜火の間に、オレは滑り込む。

「ナンパなら間に合ってるんで、結構です」いやマジで凜火でお腹いっぱいなんで。

 ばっさり誘いを断ったオレに、男が目を丸くする。身の丈二メートル近い身体をぐぐっと屈めて、オレを舐めるように凝視する。な、なんだよ……

 男が、ポケットに突っ込んでいた手を伸ばす。不意を突かれたオレが反応するより早く、男の手が掴んだ。

 オレの、股間を。

 むぎゅ。

「きゃぁあああああああああああッ!?」

 オレの口から、完全に女の子の悲鳴が出た。

「なぁんだ。やっぱりキンタマついてんじゃねえか」

 ニタリ、と男が笑う。凜火が硬直したオレを抱き寄せて、男を睨み付けた。

「何するんですか! それはわたしのおいなりさんですよ!!」

「お前んじゃねぇッ!!」

 オレと凜火の激昂に、男は肩をすくめた。

「残念ながら俺にそっちのケはねえよ。でもホントにメスガキみたいだなぁ。案外悪くねえかも」

「ひっ……」

「あなた……」凜火の瞳に危険な色が宿る。

「この可愛さに気付くとは、なかなか見る目がありますね」

「おい!!」

 オレと凜火のやり取りに、男がゲラゲラと笑い出した。その少年のような笑顔に、オレはふと引っかかりを覚える。

「冗談だっつの。俺はもっと出るとこ出た、強い女が好きなんだ」

 男のその言葉は、抜けていたピースのようにオレの頭の中にぴたりとはまった。男の懐に、オレは問いを投げ入れる。

「強い女って……四神楽石榴、とか?」

 凜火が驚いた顔でオレを見つめる。一方、男は笑みの質を変えた。

「ほ~ん? 面白いな、お前。なんでそう思った?」

「アンタの顔、見覚えがある。理事長室にあった写真、石榴理事長と一緒に写ってた」

 凜火がハッとした顔で、男を見つめる。男はかすかに目を見開いて、被っていたフードを外した。

 額から伸びた一本角が、姿を現す。だが、写真と異なり、角は中程から折れていた。男は間の抜けた顔で、ポリポリと頬を掻く。

「ったく……、んなモンまぁだ持ってんのかアイツは……」

 愚痴りながらも、男の顔はどこかまんざらでもなさそうだった。

「あの写真だと、アンタの角は折れてなかったけどな」

 オレのひと言に、男の目の色が変わった。飄々とした表情のまま、目だけが鬼のそれに変わる。

「そりゃそーだ。俺ご自慢のムスコがこうなったのは、あの写真撮った二年後、今から十七年前だからな」

 ……十七年前、《第拾弐トゥウェルブディストラクション》の起きた年か?

「今日、ずっとわたしたちを尾行してましたね?」

 不意に、凜火が男に問う。

「ん? あぁ。尾行ってほどのもんじゃねえよ」

 あっさりと認めた男に、オレはハッとする。イリスたちと別れた後に凜火が「もう一人いた」って言ってたのは、コイツのことだったのか……?

「誰だ、アンタ」

 オレの問いかけに、男は砕けた動作で敬礼をした。

「陸軍特殊作戦師団第404怪異対策大隊少佐、瓦斯鬼がすき伶仗れいじょうだ」

「軍の、戦律師……?」

「おうとも」男──瓦斯鬼が頷く。

 特戦団の404大隊といえば、《魔術師狩り部隊》の異名を持つ陸軍最強の戦律師部隊のハズだ。

「軍のエリート部隊の少佐が、オレたちに何の用だ? リクルートでもしてくれるのか?」

 飄々としたスケベオヤジという第一印象のせいで、どうも掴み所がわからない。

「ま、ある意味ではそうだな」

「……え?」

 瓦斯鬼がすきの纏う空気が僅かに変わる。顔色一つ変わっていないのに、その内面が全く読めなくなった。まるで面を被ったように、感情がシャットアウトされる。

「《第参アガルタ》にあった環境省管轄の秘密施設、つまりお前がいた収容所な。あそこを襲撃したのは俺だ」

「………は?」


「俺が、収容所テロ攻撃の実行犯だ」

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