第25話

二十一時過ぎ、オレたちは部室のハッチをくぐって地下通路に足を踏み入れた。さわりが言うには、この通路を下っていけば《アガルタ》に侵入できるという。

「しっかしオマエ、何なんナその格好」

 目を細めるさわりに、オレは顔が熱くなる。

「う、うるさい……! 実用的なのがこれしかないんだよ……っ!」

 オレは今、恵にもらったメイド服に身を包んでいた。オレが一人で立ち回るには、コレ着るしかねーんだよ……

「では、行きましょうか。榊さま、ナビをお願いします」

 さわりに先導され、オレたちは地下通路を進む。オレは思わず不安を漏らす。

「なぁ、ホントに目印残さなくて大丈夫なのか?」

 暗くて入り組んだ地下道を歩くのなら、ロープ伸ばしながら歩いた方が良いんじゃないのか……?

「ばっかオマエ。そんなことしたら教師や《アガルタ》の警備に見つかっちまうにゃろ」

「だけどそれじゃ」

「安心しろナ。アタシと一緒にいる限り、道には迷わねーからナ」

 さわりの言葉は、過信や驕りのようなものは一切なかった。ただ、当然のことのように言う。

「ひょっとして、道覚えてるのか?」

「当然にゃろ」

「当然って……」

「人よりちょいと記憶力が優れてるんナ、アタシ。読んだ本も全部覚えてる。図書館から文献が消えたのに気付いたのも、全部の本を覚えたからナ」 

 さらりと言ってのける。

「アタシの頭の中には、この《アガルタ》の地図が入ってるのナ。勝手に忍び込んだ所もあるから、学園が持ってる地図よりずっと広くて正確ナ」

 その言葉に偽りはなく、さわりは一度も迷うことなく足を進めた。

 古びた扉の前で、さわりが足を止める。

「この先が《アガルタ》ナ。管理されてる区画は監視カメラやら警備がいるから、注意しろナ」

「で、どこを目指すんだ?」

 オレの質問に、さわりはニヤリと笑う。

「そんなの、事件現場に決まってるにゃろ」

 さわりが古びた扉を押し開ける。その途端、冷たい風がヒュッ、と吹き込んで髪をはためかせた。そこはトンネルの待避所のような場所だった。けれど、目の前には欄干があって、その向こう側はどこまでも切れ落ちている。

 欄干に駆け寄ったオレは、頭上を見上げる。そこには満天の星空が丸く切り取られていた。

「ここ、中央縦坑セントラルシャフトか!」

「あんまり顔出すんじゃないナ。見つかるにゃろ」

 さわりに叱られ、顔を引っ込める。

 初めて見る中央縦坑の内側は、巨大な井戸の中に放り込まれたような気分にさせられた。縦坑の壁面には、複雑な幾何学模様が張り巡らされている。

「古代魔術文明の魔導回路ナ。今は死んでるけどナ」

 こうして見てみると、《アガルタ》というものは巨大な一つの魔導機関のように思えた。

 ずっと観察したい気持ちに駆られたけれど、今はそれどころじゃない。

「いいか、最深部近くまで行っちまえば監視はむしろ少ない。この浅いエリアが一番の難関ナ。気ぃ付けろナ?」

「りょ、了解」「承知しました」

 さわりの狐耳がぴくぴくと動き、周囲を警戒する。「よし、今ナ!」飛び出したさわりに続いて、オレたちも走り出す。

 走っては隠れ、また走るを繰り返す内に、周囲の風景が徐々に変化してきた。

 古代の魔導回路が刻まれていた壁が、白いすべすべした素材に変わっている。

「施設の廊下もたしかこんなだったな……」

「怪異防除の魔力阻害コーティングだナ。かなり深いレベルに来た証拠ナ……こっから先は、アタシも初めて入る場所ナ」

 さわりが凜火を見る。「オマエ、施設まで一回行ってるんにゃろ?」凜火は頷く。

「ええ、こちらです」

 凜火は点検用のハッチをこじ開け滑り込んだ。配管や配線がまとめられた点検用と思われる通路をしばらく歩くと、壁が焼け焦げた箇所が現れた。

 壁の一部が、高温で灼き尽くされ崩壊していた。

「この先が、例の施設です」

 引き裂かれたような穴の前で、凜火が言った。あのときオレを襲った怪異は、ここから侵入したのか……

「えらく分厚い装甲だナ?」「装甲?」

 さわりが指さす壁を見ると、分厚い鉄板のようなものの断面が露出していた。厚さ五十センチ近い装甲板の向こう側は、石造りの壁になっている。古い壁を装甲板が取り囲んでるのか……?

「崩落していますから、足下にお気を付けて」凜火の手を握って、オレは崩落した瓦礫の山を下りる。降り立ったそこは、見覚えのある通路だった。

「……ここが、オレが収容されてた施設だ」

 施設の通路は、明かりは灯ったままだが人の気配は全くない。あちこちに、赤茶色に乾いた血の跡が残されている。

「誰もいないな」

「施設全体が封鎖されているようですね」

「その割にアタシらは簡単に忍び込めたけどナ」

 施設の内部を歩きながら、さわりはあちこちを調べているようだった。三十分ほど歩き回ったところで、さわりが顎に手を当てて黙り込んだ。

「なんか、ここ……見たことがある気がするのナ」


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