第26話

「なんか、ここ……見たことがある気がするのナ」


「来たことあるのか、ここに?」

「いや。そういう意味じゃないのナ……」

 さわりが壁に掛けられた施設の間取り図を見つめ、「……あ?」と声を上げた。

「あーっ! わかった……! アタシが見たことあったのは、この見取り図ナ!」

「いや、ここ仮にも秘密施設だぞ。そんな場所の見取り図、どうやって」オレが疑いの声を上げると、さわりは乱暴にバックパックをひっくり返した。ノートとペンを拾い上げ、彼女は一心不乱に何かを書き出した。

「アタシは本や文書を関連づけて記憶してるのナ。同じ筆者、同じ単語、そういったもんをアタマん中で索引作ってまとめとくイメージだナ」すげえことしてんな……

「ほとんど無意識にするから、時々どうして一緒のグループになってるのかわからない文献とかが出てくるのナ。よく解らんけど、アタシの脳ミソは何らかの関連性を見出してたってわけナ」

 はあ、なんかもうオレには全然イメージできない領域だな。

「で、その互いに無関係な文献群に登場する一定のパターン、同じ単語、記号を索引化して効率的に並べ替えると……」

 書き殴っていた紙を、さわりがオレの鼻先に突きつける。アルファベット順に並べられた単語や記号が、10×10の枠の中に並んでいる。「えと、で……?」

「オマエほんとバカにゃろ! この見取り図と比べて見ろナ!」さわりが壁の見取り図を指さす。

 始めは何を言っているのか解らなかった。だが、少し目を引くと──

「……あ」

 さわりが書きだした索引表、そこに書かれている文字そのものに意味はなかったのだ。文字が判読できないくらい離れて見ると、索引表が見取り図と全く同じ図形を作っていることに気が付いた。

「……マジかよ」

「この図形の元になった文献群、なんだと思うのナ?」

「え……? あっ、ひょっとして……」

 さわりが、勝ち誇った顔でにやりと笑う。

「そう、図書館から消えた文献たちナ」

 オレと凜火は、思わず言葉を失う。

「で、でも。消えた文献って古いヤツなんだろ? そんな昔からこの施設ってあったのか?」

「そうじゃないナ。ここはもともと魔術文明の遺跡だったんにゃろ。そこを、今の形に造り換えたんナ。さっきの装甲板は、きっとこの施設を守るための物ナ」

 なるほど。けど、あんな分厚い装甲板も、怪異の前には無力だったワケか……

「んナ? この見取り図、若干だけどアタシのと違うのナ……?」さわりが手書きの地図を手に首を傾げる。

 オレたちは地図で相違が生じた場所に行ってみた。けれど、

「何にもない。ただの壁じゃん……」

「いや、状況的に考えて、アタシの地図が正しいにゃろ。と、いうことは、ナ」

 ぺち、と壁を叩いて、さわりがオレと凜火を見る。

「この壁ぶち破れ」

 途端に凜火が満面の笑みを浮かべる。

「おっ、これはわたしたちの出番ですね?」おっ、じゃねえよこの接吻依存症サキュバスが。

 凜火がオレの頬を手で包んで上を向かせる。腰を屈めて、凜火はオレにキスをした。

「……オマエら、そのやり方しかできねーのかナ?」頬を赤くしたさわりが、魔力を得てホクホク顔の凜火に訊ねる。

「昔は、触れただけで無差別に吸い上げてしまっていたんですが、訓練して条件を絞れるようになりました」条件の絞り方間違えすぎだろ……

 凜火が自室から持ち出してきた日本刀を構える。紅の光跡を残して凜火が抜刀、斬撃が壁に吸い込まれる。しかし、

 パキンッ!!

「うわッ!?」

 斬撃が命中した瞬間、壁に魔導回路が浮かび上がって凜火の攻撃を弾き返した。跳ね返された斬撃が魔力阻害コーティングで跳弾して、辺り一面に「キキキキキキキンッ!!」と跳ね回った。

「うぎゃぁああああああ!?」「ひゃわぁああああああ!?」

 オレとさわりは頭を抱えて丸くなる。ハッとした凜火が「あぶなーい!」とひどい棒読みでオレを押し倒してきた。

「ふぐぅっ!?」オレに馬乗りになった凜火が、息を荒げてオレが身に付けたメイド服の中をまさぐってくる。

「お怪我は、お怪我はありませんかうぃひひ……」

「怪我はない! ないから触るな脱がすな舐めるなばか!」

「!? アオハさま大変です……」スカートをめくっていた凜火が突然、真剣な声を出す。え、なに……?

「けが、ないです……」「は?」「毛が、無い……ふふ」「ただの下ネタじゃねーかッ!!」ほっとけ!

 発情した凜火を蹴っ飛ばして、オレは壁に縋り付いた。

「あっぶねーのナ!? 死ぬとこだったにゃろ!」

 髪の毛を逆立たせて怒鳴ったさわりは、壁を見上げる。

「けど、ここまで強力な魔術防壁が施されているっつーことは、この向こうに何かがあるのは間違いないにゃろ?」

「でも、どうやって開けるんだこんなの。もう斬撃ピンボールは嫌だぞ」

 やれやれ、と壁に手を突いて立ち上がろうとした瞬間──

 

 ズボッ、と。

 オレの手が壁に呑み込まれた。

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