第22話

「お待たせして申し訳ありません」


 オレの前に、二人の少女の背中があった「凜火! イリスも!」

「月城さま、しばし時間稼ぎをお願いします」

「まったく、わたくしに戦律師まがいなことさせるなんて……早くしなさいよね!」

 イリスが普段から持っている日傘をクルリと回し、剣のように構える。ゲジ怪異が腕を伸ばすと、イリスが傘で弾く。白い光が弾け、怪異がたじろいだ。

 凜火がオレを振り返り、ゆっくりと腕を広げる。

「さあアオハさま、わたしと熱いベーゼを」「……」「どうしたのです? ほら、さあ、はやくっはやくっ♡」

 ハァハァと息を荒げる凜火。

「い、今ここで?」「緊急事態ですので、さあ」「や、やだ……っ、恥ずかしい」「ではあちらの暗がりで」「もっと嫌だ! 絶対ヘンなことするつもりでしょ!?」

 エロマンガみたいに!

「いいから早くしてもらえます!? いい加減限界なんですけど! あ、わ、きゃぁああっ! き、キモい、くっそキモいですわ!?」

「ほら、早くしないと月城さまのお嬢様口調がどんどんおかしくなってしまいますよ」

 どんな脅しだ……

「わ、わかったよ! ほらっ!」オレは目をつぶって、顔を上げる。直後、目の前でパシャッとフラッシュが瞬いた。見ると、スマホを手に表情をユルませる凜火が。

「アオハさまのキス顔、いただきました」「て、テメェええええ!!!! んむっ!?」

 完全に翻弄される形で、オレは凜火に唇を奪われた。ヤメロ、こんなに人目があるところで、ああ! 見るなばか!

 狐耳の少女が目を丸くする。恵は耳まで赤くなった顔を手で覆っている。でも指の隙間から見てるのバレバレなんですけど……

「ふぅ。いただきました。では」

 凜火が腕を振るった。ジャキン、と音を立てて、黒い特殊警棒が伸びる。

「四神楽流、四神楽凜火。アオハさまからのご褒美のために怪異を調伏いたします」

 お前の口上、どんどん酷くなってない?

 イリスが怪異の前から飛び退く。そこに凜火が紅の残像を引きながら警棒を振り下ろした。パキャン、と怪異ゲジの脚が次々とへし折られていく。ブツ斬られた脚が、地面でバタバタと動き回る。うっわぁあキモいぃいいい!

 またたく間に凜火は巨大ゲジの脚を三分の一へし折った。だが、本体を叩かないことには、どうしようもない。あんな細い警棒で、何とかなるのか?

 オレの不安に、凜火は口元に薄い笑みを浮かべた。壁を蹴り、天井を弾き、彼女の身体が怪異ゲジの巨体を地面に踏みつける。警棒を逆手に握り替えると、凜火は怪異ゲジに警棒を突き立てた。

 ぶじゅっ、と体液が噴き出し、怪異ゲジが全身をのたくらせる。振り回される脚を回避して、凜火がステップを踏み戻ってきた。

「みなさま、衝撃波にご注意を」

 凜火がそう言った。彼女が握る警棒はグリップだけになっている。そこから、細いコードのようなものが伸びて、怪異の身体に突き刺さった警棒に続いていた。

 凜火が警棒の後端のキャップを外す。

 そこにはスイッチと「注意:爆発物」の文字が。

 え、ちょ、コイツ、マジで──!?

 パドンッ! 怪異ゲジの身体に刺さった警棒が炸裂し、キーン、と耳鳴りが鳴り響く。立ちこめた土煙が晴れると、辺り一面にぴくぴく蠢く怪異ゲジの肉片が散乱していた。

「な、な、なんつーもん持ち歩いてんだお前!」

「リンゴ農家での一件で、普段から武装する必要性を感じましたので」

「だからって爆発物持ち歩くヤツがあるか! おい、まさかまだ他にも持ってんじゃないだろうな……?」

 オレの詰問に、凜火のクールな表情がニタリ、と歪む。

「どうでしょう? ご心配でしたら心ゆくまで身体検査を。ほら、ちょうどそこにおあつらえ向きな暗がりもありますし」

 凜火が怪しげな笑みを浮かべてしなを作る。

「さ、行こか……」「あぁ! 放置プレイですかそれもアリですよ!」「うるせーばかっ!」

 まったく……溜息をついて、ふと冷静になる。

「ここ、どこ?」「さぁ?」凜火が首を傾げる。

「音を頼りに来たので、帰りのことは考えていませんでした」

「それって……」に、二重遭難……

「あ、そうだ! お前なら解るんじゃないのか?」オレは狐耳の少女に尋ねる。少女はムッとした顔で、オレを睨んだ。

さかきさわり、ナ。人をマップ代わりにするんじゃないのナ」

 ふん、と鼻を鳴らして、さわりは怪異ゲジの死骸を跨いで歩き出す。

 さわりに続いてしばらく下り道を歩くと、コンクリートの壁に埋め込まれた分厚い扉が現れた。

「ここ、溶接されてるけど、ぶち破ればなんとかなるにゃろ」

 バルブのようなハンドルがついた扉を、凜火が手でなぞる。

「たしかに、空気の流れがありますね。ブリーチングするので、みなさまはお下がりください。あっ、こらこら♡ アオハさまはこっちですよ~」

 はいはい、わかりましたよ……

 再び全員の目の前でオレから魔力を吸い取り、凜火が瞳を紅に光らせる。……コイツ、まさか見せつけてないか?

 凜火が懐からメリケンサックを取り出す。また物騒なもんを……。

 呆れるオレの前で、凜火は重心を僅かに落とし、息を吸う。紅の魔力を流し込まれたメリケンサックが、キィイイ……と高音を奏で始めた。

「──ふッ!!」

 大気が弾けるほどの速度で、凜火が拳を扉に撃ち込んだ。

 バガンッ!! 

 地下に騒音が響き渡り、新鮮な空気が一気に流れ込む。

「「「「オォ~!」」」」

 見事に弾け飛んだ扉に、オレたちは歓声を漏らす。

 扉の先は、会議室のような部屋だった。最近まで使われていたのか、長机や棚は古い割にはきちんと掃除が行き届いて……って、アレ!?

「ここ、部室じゃん!」

 扉の向こうは、ついさっきまでオレたちが片付けていた地下の部室だった。学園の演習林からここまで、ずっと地下通路が続いていたのだ。

「よかったぁ~……」

 恵がその場にへたり込む。イリスもほっとした顔で椅子に座りかけ、

「良くない! いまバイト中!」

 素っ頓狂な声で飛び上がった。あ、やべ。すっかり忘れてた。

「はやく戻るわよ! 初回バイトで最低評価なんて、わたくしは絶対許さないんだから!」

 土埃にまみれたまま、オレたちはバタバタと走り出す。すると突然、オレの服の裾が引っ張られた。凜火か? と思って振り返ると、鋭い表情のさわりが、オレの服を掴んでいた。

「あのオレ、急ぐんだけど……」

 さわりが、オレの耳元に口を寄せる。え、なに?


「オマエ、新学期前日に《アガルタ》から出て来たにゃろ?」

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