第23話

  5


 バイトを終えたオレと凜火が不撓寮に帰ってくると、寮の入り口にさわりが座り込んでいた。

「オマエら、ちょっと顔貸せナ」

 鸞鳳寮らんほうりょう。魔法科の学生寮にさわりはオレたち二人を案内した。

 さわりの自室に入り、明かりを点けると、部屋の姿が目に飛び込んでいた。

 本、書類、巻物から果ては妙な石碑。さわりの部屋は足の踏み場もないくらいにどっ散らかっていた。さわりは慣れた足取りで隙間を縫い、唯一何も置かれていない長椅子の上に胡座をかいた。

「ま、テキトーに座れナ」

「いや……どこに」

 仕方なく、本の山をどかして座り込む。

「で、オレたちに何の用だ?」大体の予想はついているけど、改めて訊ねる。

 さわりが部室でオレに囁いたこと。新学期前日にオレと凜火が《アガルタ》から出てきたことに関連しているのは間違いない。

「オマエら、なんか知ってるのナ?」

「なんか、って?」

「しらばっくれるんじゃないナ」さわりがオレを睨む。

「新学期以降、《アガルタ》周辺の怪異発生率が上がってるのナ。今日のゲジゲジにしてもそうナ。あんな低深度で怪異が出るなんてどう考えても異常にゃろ」

 さわりが目を細める。

「きっかけは新学期前日の怪異災害。オマエは同じ日にこの学園に現れたナ。しかも、髪と瞳の色を変えて、変装までしてナ」

 コイツ、オレの元の姿を知ってる……。警戒心を強めるオレと凜火に、さわりは鼻を鳴らす。

「やっぱり、無関係ってワケじゃなさそうナ」

「どうして、そんなことを気にする?」

 慎重に言葉を選んで、オレはさぐりを入れる。もし、さわりがオレの正体を知って、そのことを外部に漏らすようなことがあるとマズい。

 胡座をかいたさわりが、緑がかった髪の毛先を弄りながら口を開いた。

「なんか落ち着くんナ。《アガルタ》にいると」

 ……落ち着く? 《アガルタ》が? 予想外の答えに、寄りかかっていた本の山を崩してしまった。

「昔っから、アタシは《アガルタ》に潜ってたんナ。学園の許可なんてカンケーない。ただ好きだったからナ」

「はあ、暗くて湿ったところが好きなの……?」 

 いまいち呑み込めてないオレの顔に、さわりは口をへの字に曲げる。

「自分の庭を他人にゴソゴソやられたら、誰でもムカつくにゃろうが」

 いや、お前の庭じゃねーにゃろ。

「つまり、榊さまは《アガルタ》で何が起きているのかを知りたいと?」

「ま。そーいうことナ」

「さわりに話したとして、オレにメリットはあるのか?」

「は。メリット? そんなモンねーのナ。でも、もしアタシが考えてることが本当なら、オマエが協力すれば最悪の事態は防げるかもしれないのナ」 

「最悪の事態? なんのことだよ……」

 思わず食いついたオレに、さわりは「おっとこっから先は有料プランにゃろ?」と片眉を上げる。コイツ……

「詳しい話が聞きたかったら、まず答えるのナ。オマエ、何者ナ?」

 凜火がオレの手を握り、無言で首を横に振った。たしかに、凜火の判断は正しい。でも……

 どうしてもさわりの話が聞きたかった。いや、聞かなきゃいけない気がした。

「オレは……《賢者の石》だ」

 オレの答えに、さわりの目がゆっくりと大きくなる。かすかに震える唇から「そうか、それで」と呟きが漏れる。

「……新学期が始まる少し前から、図書館からいくつか文献が消えたのナ」

「え、急に何の話?」

「それまでは普通に開架だったやつナ。それが消えた。閉架になったワケでもなく、データベースからも消えた。異常にゃろ?」

「はあ……」

 全然話が見えてこない。

「アタシも、特に気にはしてなかったのナ。その直後に《アガルタ》で怪異災害が起きた。たまたま偶然が重なっただけかと思ったのナ。でも……」

 さわりがオレを見る。

「オマエが、あの「LDK事件」の合法ロリで、しかも《賢者の石》と聞いて、繋がったのナ」

「…………何が?」合法ロリいうな。

 さわりは興奮に震え、その目に探究心の火を燃やしながら言った。


「この《アガルタ》には、伝説級怪異ヘカトンケイル級が封印されているのナ」

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