第21話

 暗闇から突如飛び出してきた影に、オレと恵は抱きついて跳び上がった。


「「にゃわぁあああああああああああああ!?!?」」

「にょわぁあああああああああ!?」


 スマホのライトに照らし出された「それ」が、壮絶な声を上げる。

 全身に鳥肌が立ち、オレは居ても立ってもいられず逃げ出した。

「な、なんだアレ!?」「わかんない、わかんないよ!?」「な、何なんナ! オマエら!」

 オレの問い掛けに、二人が答える。……え、二人?

 恵のライトが周囲を照らす。オレと、恵と、もう一人、見知らぬ少女がすぐ隣に立っていた。

「ぅわぁああああ!? 誰だお前!?」

「それはこっちのセリフにゃろ! オマエらこそ誰ナ!?」

 舌っ足らずな声で激昂したのは、小柄な少女だった。

 緑がかった髪をお下げにして、大きな丸メガネを掛けている。服装は袖を詰めた陸軍の野戦服で、背中には大きなバックパックを背負っていた。

 バシバシ、と音を立てて、少女の頭の上で三角形のものが動いていた。

 ……狐耳?

「さっさと答えろナ!」

 狐の亜人の少女が、声を荒げる。

「お、オレたちは、その、バイト中にここに迷い込んで……」

「ばいとぉ?」

 丸メガネの奥で、少女が目を細める。

「ここはアタシの庭ナ。バイト中なら、サボってないでさっさと出てけナ」

 しっし、と手を払う狐耳の少女。

「庭? 庭ってどういう……」

「うるせー、オマエにゃ関係ないにゃろ。このちんちくりん」

「なっ……!? お前だってちんちくりんだろ!」

「アタシは小さくても出るとこ出てるのナ。オマエみたいな寸胴鍋と一緒にされたくないナ」

 んだとこのガキ……。ん? いや、寸胴なのはべつに良いのか。オレ男だし。

 狐耳の少女が、ふん、と勝ち誇った顔をする。だけど次の瞬間、「ん?」と片眉をひそめた。

「んんん~?」少女が目を細めて、オレの顔を覗き込む。な、なんだよ……

「おい、オマエ……、ひょっとして」少女が口を開き掛けたそのとき、暗闇の奥から瓦礫が崩れる音が響いた。

 恵がとっさにライトを向ける。白い光に照らし出された地下道の奥には、何も見えない。

「気のせい、か?」

「にゃまれっ!」

 にゃまれ?  

 狐耳の少女は、目をつぶり、三角の耳を暗闇に向け微動だにしない。あ、黙れって言ったのか……

「オマエ、「それ」うるさいのナ」

 突然、少女がオレのカバンを指さした。首を傾げてカバンを開けると、魔力濃度の計測器が、針を滅茶苦茶に振るわせていた。

「え。なに、これ……」オレが呆然と呟いた、そのとき。

 さわさわさわさわさわ──。

 草が波打つような音を立てて、何かがこちらへ近づいてきた。ライトの光に切り取られた闇の中から、「それ」が姿を現す。

 バスくらいはある、信じられないほど巨大な、ゲジゲジだった。

「いやぁあああああああああああああッ!!!!」「ぅわぁああ!!」「ぎゃぁああ!?」

 今朝、寮に現れたゲジゲジが脳裏をよぎり、一番デカい声で叫んでしまった。いやでもこれ誰だって叫ぶだろ!?

「ななななっ、なんだよ!? まさかアレも学園の固有種なのか!?」「ハァッ!? んなワケねーにゃろ! 怪異だばか!」「ぅわ、ぅわわ、おっきい……」

 長い脚を波打たせながら、ゲジゲジの怪異が近づいてくる。気が遠くなりそうな光景だった。狐耳の少女が叫ぶ。

「オマエ戦律科にゃろッ! なんとかしろッ!」「やだ! やだやだやだッ! やだぁッ!!」

 オレは全力で拒否する。

 ん……? なんでこいつオレが戦律科だって知ってんだ?

「うわああ! こっち来るよぉ、逃げようよぉ!」

 恵が悲鳴を上げる。少女が舌打ちして「こっちナ!」と走り出した。

 必死になって少女の背中を追って、オレたちは地下道を右へ左へと駆け回る。もう自分がどっちの方角を向いているか見当も付かない。背後から、さわさわさわ──、と爽やかにさえ聞こえる不気味な音が追いかけてくる。

 少女が身を屈めて、狭い隙間に身をねじ込んだ。「急げナ!」全身土まみれになりながら、オレと恵は隙間を通り抜ける。

「離れろッ!」少女が叫ぶ。直後、ドシャッ! と怪異が壁にぶち当たった。隙間から、細い脚が忍び込んで、うぞぞぞぞッ! と周囲をまさぐっている。

「クタバレ!」少女が叫び、壁に挟まっていた石を蹴り飛ばした。要石を失った壁は簡単に崩壊し、地下に轟音を響かせた。

 土煙が濛々と立ちこめる。盛大に咽せながら、オレは煙の奥に目を凝らす。

「やったか!?」

「おいバカにゃめろ!」

 オレが声を弾ませると、少女に頭をスパーン! と引っぱたかれた。

「なにすんだ!?」

 オレが声を荒げた次の瞬間だった。崩落した土砂の山がぞわぞわと蠢き、細く長い脚が土の中から現れた。

「ホレ見ろオマエのせいナ!」狐耳をびったんびったんさせながら少女が叫ぶ。

「オレ何もしてないじゃん!」

「「やったか!?」なんて言って本当にやられてる敵なんているわけねーのナ!」「なにそれ!?」「常識にゃろ!」「どこの!?」「二人ともケンカしてる場合じゃないよぅ!」

 恵の言う通りだ。少なくとも時間稼ぎはできた。さっさと逃げよう! だが、何故か少女は立ち止まったまま動こうとしない。

「おい、早く逃げるぞ! どこ行けば良いんだ!?」

 オレの問いかけに狐耳の少女は汗をダラダラ流しながら、視線をスッ、と逸らした。

「……ここ、行き止まりナ」  

「は……!? なんだよそれ詰んでんじゃねーか!」「オマエがフラグ立てなきゃこんなことには」「だからそれ関係なくない!?」「うわぁああ! 来るよッ!」

 土砂を巻き上げ、ゲジゲジが立ち上がる。クソ、こうなったら死に物狂いでオレがなんとかするしかないのか……!? 

 オレなら、怪異の魔力シールドを喰い破って、本体も喰い……

「いや、むり……むり、しぬ。あんなの喰えない……」

 あ、涙出てきた……

 ああもうダメだ。オレがへたり込んだそのとき、一陣の風が吹き抜けた。


「お待たせして申し訳ありません」

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