第18話
3
「い……っ!? ひゃぁああああッ!!」
朝の不撓寮に、オレの悲鳴が響き渡った。洗面所から凜火が怪訝な顔を覗かせる。
「どうかしましたか、初めて生理が来たみたいな声を出して」「来るか! あっ、凜火、あれ! 何だアレ!?」
床の上を蠢く塊を指さして、オレは叫ぶ。
ムカデのような身体に、針金のように長い無数の脚、そして何よりそのサイズ。オレの手の平くらいあるぞアレ!
「……? ゲジゲジですが?」それがどうした、と言わんばかりに、凜火はティッシュ一枚で巨大ゲジゲジをむんずと掴んだ。うわぁあマジかよ!?
「いやいやいや、そんなサイズ見たことないぞ! 日本にいて大丈夫なのか!?」
「学園の固有種ですね」
「そんなことある!?」
「なにぶん古い建物ですので、こういった節足動物は頻繁に出現します」
ティッシュで捕まえたゲジゲジを手に、平然と解説する凜火。手の中で、ティッシュに納まりきらなかったゲジゲジの脚が「うぞぞぞぞぞッ!」と暴れ回っている。すげえ絵面だな……
「どうしましょう? お望みでしたら終了処分しますが?」凜火が首を傾げる。
「終了って……?」「こう、ギュッと」「ひぃっ……! 窓から捨てれば良いだろッ! ってこっち来んなばか! 向こうで捨てろよッ!!」
凜火は廊下に出て、窓を開けると巨大ゲジをポイ、と放り投げた。
「腐海へお帰り」いやここが腐海だろ……
オレたちがわちゃわちゃしていると、開きっぱなしのドアからピンクブロンドの髪が覗いた。
「朝っぱらからなに騒いでるのよ」
腕組みしたイリスが首を傾げる。彼女と勝負をした一件から数日、正式にイリスをメンバーに加えて、オレは仮設事務所の設立を学園に申請していた。
「あ、イリス。おはよう」「おはようございます月城さま。じつはアオハさまに生理が来まして」「だから来てねえっつってるだろ!」
「え。あなた、まだだったの……」あああ話がややこしくなるぅう……
「それよりどうしたの!?」強引に話を捻曲げる。イリスは折りたたんだ書類をピッ、とオレに差し出した。
「部室、決まったわよ」
「……ここ?」
恵と合流して、オレたち四人は工学科棟の裏手で足を止めた。目の前に、赤煉瓦造りの古い建物がひっそりと佇んでいる。
「部室棟、じゃないわよね? なんなのこの建物」「昔の職員宿舎? らしいです」「ここなの?」「いえ、この建物は今でも倉庫として使われています」「はい? じゃあどこなのよ?」
凜火は難しい顔で書類を睨む。いや、お前それ上下逆さまだからな。
「こっちです」
凜火はオレたちを裏手に案内する。膝丈まで生い茂った草を掻き分けて、裏口らしきスチールドアを開け放つ。
「ここから入ります」
ドアの奥には、地下に降りる階段が続いていた。……地下?
「秘密基地みたいだね!」「湿っぽくてかび臭くて嫌だわ……」「ここなら大声出しても平気ですね。ね、アオハさま?」恵、イリス、凜火が各々感想を述べる。凜火さん? 大声出して何するつもりなの?
「なんか、懐かしい感じがする……」オレも、素直な感想を呟いた。
オレたちに与えられた部室は、窓ひとつない地下室だった。広さは十畳ほど。長い間放置されていたのか、大きな長机や棚にはホコリが積もっている。
「ま、部室が手に入っただけ良しとするわ。さて、じゃあ早速ブソウするわよ」
腕まくりしたイリスが放ったひと言に、オレは目を丸くする。「武装!? なんで!?」
「なんでって、このままってワケにいかないでしょ」「いやだからってそれはやり過ぎなんじゃ……」
オレがアワアワしていると、恵までもが拳を握って訴える。
「せっかく休みなんだから、かる~くやっちゃお?」そんなスナック感覚で……
イリスがぱん、と手を叩く。「はいはい、じゃあ箒とかバケツ、取りに行きましょ」そうだな。武器がいるよな。……ん? 箒とバケツ?
「ねえ、イリス……ブソウって、何のこと?」
オレの質問にイリスが眉をひそめる。「何って、部室掃除のことだけど?」
ぶしつそうじ。略してブソウ。……そんな物騒な略し方ある?
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