第19話
「先日とは、ずいぶん態度が違いますね」
熱心にモップを掛けるイリスに、凜火が話しかけた。イリスは頬を赤くしてモップをバケツにジャボンと浸ける。
「あれは……! その、ムキになってただけというか」「なるほど、今は素直な気持ちだと?」「それは、アナタたち次第ね! 特に凜火さん、アナタ成績酷いそうじゃない。もしわたくしをがっかりさせるようなら、さっさと出て行ってやるんだから!」
ぷい、とそっぽを向いてイリスはモップ掛けを再開する。その背中に凜火はうんうん、と頷きかける。
「なるほど。本当はかわいいアオハさまと一緒に居たいから、と」
ばしゃん、とイリスがバケツに蹴躓いた。
「人の話聞いてたかしら!?」「不純だなんて言いませんよ。現に私もそうですから」「アナタと一緒にしないでもらえます!?」「さあ、一緒にアオハさまの愛らしさを世界に喧伝しましょう!」「言葉の打ちっ放しゴルフやめろ!!」
二人のやり取りを、オレはうんうん、と微笑みながら眺める。イリスのおかげで、凜火のターゲットが引き付けられている。イリスにはこのままデコイとして活躍してもらいたい。
「アオハちゃん、ちょっとこの棚動かすの手伝って~」ジャージ姿で大きな棚と格闘していた恵に呼ばれて、オレはそちらへ向かう。
「そっちに動かすのか?」「うん。なんか後ろにものがいっぱい落ちてるみたいで」
天井まである木製の棚を、二人でズリズリと動かす。棚の背後から、ホコリやら冊子やら虫の死骸やら、年月を感じさせる残骸が大量に出てきた。「うわぁ、出てくる出てくる……お?」
足下のホコリに気を取られていたオレは、壁の様子がおかしいことに気付くのが遅れた。周囲の壁はコンクリート打ちっ放しなのに、ここだけ錆び付いた金属製で、これは……
「……扉、だよな?」「扉、だね?」
「どうかしたの? え、なによこのドア」「アオハさまが作ったのですか」んなわけあるか。
扉は鉄製で、バルブのようなハンドルで開閉するハッチのような作りをしていた。かなり古い上に、可動部が錆びているのかびくともしない。
「……おかしいわね。この向こう側って何もないはずでしょ?」イリスが首を傾げる。たしかに、この壁の向こうに建物は続いていないはずだ。
「でも見て、隙間から風が」恵が指さす。ハッチの隙間で、埃がフワフワと風に煽られていた。「ひょっとして、《アガルタ》に繋がってるんじゃ……」恵が怖々と呟く。「そんなところを学生に貸したりしないでしょうに」とイリス。
「伯嶺学園の一部は、もとは陸軍の施設だったと聞きます。その時代の名残では?」
凜火がそれっぽいことを言う。ほう、軍の施設ねえ。面白そう。
そのとき、凜火のポケットでスマホが着信音を奏でた。スマホを覗き込んだ凜火が、「あ。」と抜けた声を漏らす。
「どうした?」
「仮設事務所の申請が通った際に、バイトを受注していたのを忘れていました」「はあ。で?」「今すぐ来い、と」「あ?」今すぐ?
凜火がクールな表情を保ったまま、拳を額に当てる。なにそれ「てへっ」てか?
「バイト、今日でした。集合時間過ぎてます。早く行かないと設立早々、評価がガタ落ちになってしまいます」
「「「えぇっ!?」」」
「急ぎましょう」凜火が表情をキリッと引き締める。お前の評価は既にガタ落ちだからな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます