第7話 後編
ノビた凜火を蹴り出し、無事シャワーを浴び終えた。
バスタオルで髪を拭きながら浴室を出ると、凜火がなにやら真剣な顔で机に向かっていた。
「どうやら外部からの魔術的な接触に対して防御機構があるようですね。不埒なことをはたらこうとすれば、吹き飛ばされる、と」
「ずいぶん真剣なとこ悪いけど、ほんとバカみたいだぞ」
鼻血の出た両鼻にティッシュを詰めた凜火に、オレは溜息をつく。
誠に遺憾ながら、オレはこのクール系美少女を装った変態ショタコンサキュバスと一緒に生活しなきゃならないらしい……
「はぁ、ふぁああ……」
溜息にあくびが混じる。いいかげん疲れた。怪異に殺されかけたり、女装させられたり、いきなり
「お休みになりますか?」
「あーうん、ねむい……。オレのベッドどこ?」
「こちらです」
凜火が立ち上がり、奥を指さす。そこには部屋の大部分を占領して、馬鹿でかいベッドが鎮座していた。あまりにデカすぎて、半分近くは戸を外した押し入れの中に突っ込まれている。
ずいぶん寝心地の良さそうなベッドに見えた。けど、
「……ベッド、一つしかないんだけど」
言いかけて、気付く。あ、イヤな予感。
突然トンッ、と背中を押され、オレはベッドにうつ伏せに倒れる。「ふぎゅ」とくぐもった悲鳴を上げた直後、ずむぐっ、と凛火がのし掛かってきた。
「今日から一緒に寝るんですよ」
オレを押し潰しながら、凜火がのぼせたような声を出す。オレを抱いたまま、ゴロンと寝返りを打つと、器用に布団を被る。凜火に向き合うようにして、オレは彼女の腕の中に包みこまれていた。
凜火の身長は高い。たぶん百七十センチ以上ある。対してオレは百四十センチちょっと。そんなオレが凜火に抱かれると、なんというかその、目の前に……
「触りたかったら、好きなだけ触って良いんですよ?」
むに、と凜火が胸を寄せる。ヤメロ! 誘惑すな!
「い、いやっ、その……っ」
しどろもどろになるオレは、凜火の首元で光る鎖を見つけた。恥ずかしさを誤魔化すために、オレは口を開く。
「それ……、
「え?」
凜火がぱちり、と瞬きする。
「そのペンダント、魔導処理された銀製だろ?」
もぞり、と凜火が動いて、胸元からペンダントをすくい取る。鎖の先に、円筒形の容器が繋がれていた。
「……ん? これ……」
妙な違和感を得て、オレは思わずペンダントに手を伸ばす。
一瞬、凛火が身体をこわばらせる。女子が身につけたアクセサリーに触れるのはマナー的にどうなんだと思ったが、このときは興味が勝った。
ペンダントに指先が触れる。そして、違和感の正体に気づいた。
このペンダント、魔力が一切感じられない。普通、どんなものにも微量の魔力があるものだが、それが全くない。
「魔力の遮断処理……か?」
まじまじ見つめるオレを、凜火はじっと見つめていた。
「昔、わたしを救ってくれた人からもらったんです」
ぽつり、と凜火が呟く。
「救ってくれた?」
「とても辛い、酷い境遇から。いまわたしがいるのは、その人のおかげです」
ふふ、と微笑む凜火。そうか、その人のおかげで、この痴女が生まれたのか。余計なことを。
「わたしの初恋の人、です……」
急に凛火が頬を赤くして、しおらし言った。それまでの変態サキュバスっぷりからの唐突な変化に、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「ふ、ふぅん……」
「でも、全然だめだめですね。成績は最悪、このままじゃ進級も危ういです」
冷たく寂しげな顔色を浮かべて、凜火が弱音を吐いた。なんだよ、コイツなりに危機感持ってたのか。
「安心しろ」
不安に揺らぐ凜火の瞳に向け、オレは言い放つ。
「オレがいる限り、凜火は落第させない。勉強に関しては自信がある。魔術の実技方面は、その……まぁ、多少世話になるかもだけど」
凜火がぱちくりと瞬きする。なんだか恥ずかしくなってきて、顔が熱くなる。
「困るんだよ。お前に落ちこぼれられると。オレは超一流の戦律師になるんだ。そのためには学園に居続けなきゃ意味がない」
凜火は、ぽかんとしたままオレを見つめ続けている。
「いいか!? オレとお前は鎖で繋がれてるんだ、お前が海に沈むと、オレまで引きずり込まれるんだよ! オレの足を引っ張るなよ!?」
凜火はオレに付けられた首輪だ。理事長に従って学生生活を送るためには、凜火となんとか付き合っていくしかない。遺憾の極みではあるが。
ムスッとしていると、凜火が「むふ~ん」と表情をユルませた。
「優しいんですね。アオハさまは」
「は、ハァ!? なんっで、そうなるんだよ!?」
むぎゅう、と凜火がオレを抱きしめる。顔いっぱいに、ヤワラカイものが押し付けられる。
「おぱ、おぱぱぱぱッ!?」
脱出しようと藻掻き苦しむオレの耳元に、凜火の囁き声が零れ落ちた。
「これから、よろしくお願いしますね」
オレは「ああ」とも「うん」とも言えない返事を返す。
そのときなぜか、オレは不思議と懐かしさを感じていた。
その理由がわからないまま、オレは凜火の腕の中で眠りに落ちていった。
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