第8話 前編
7
電車の車窓から、そびえ立つ山並みが一望できた。四月の下旬になっても、山頂は深い雪で覆われている。
「はい、どうぞ」
隣から差し出された水筒のカップを受けとり、口を付ける。紅茶の味が口の中に広がる。
「美味しいですか?」
「うん。……じゃなくてッ!」
空になったカップを突き返し、オレは隣に座る凜火を睨む。
「どうして凜火が付いてくるんだよ!」
学園指定のツナギ姿の凜火が、上辺だけのクールフェイスで答える。
「任務ですから」
「これはオレのバイトだ!」
そう、今日はオレの記念すべき初バイトなのだ。
学園生活に慣れてきたオレは、自活の方法を探していた。学費や教科書、制服代などは石榴が負担してくれているけど、可能な限り金銭的な自立は果たしたい。
というわけで、オレはバイトを探した。伯嶺学園は学生のアルバイトを特に禁止していない。学園の至る所に設置された掲示板には、アルバイト募集のチラシがよく貼ってある。
当たり前だが、オレはアルバイトなど今までしたことがない。だが、知識としてはどんなものであるかは承知している。どんな職種だろうが、すぐコツを掴んで大活躍。スーパーアルバイターとして褒め称えられることだろう……!
……そう思っていた時期がオレにもありました。
──え、キミほんとに十七才? 十才の間違いじゃなくて?
──原付運転できる? 無理か。え、チャリも無理? わりぃ、ウチじゃ雇えないわ。
──お嬢ちゃん、ここはお店の人以外入っちゃだめだよ~
バイトの採用面接はことごとく惨敗だった。最後に関しては面接希望者とさえ認識されていなかったし……
働く機会を奪われたプロレタリアのルサンチマンをボリシェヴィキするところだったオレが見つけたのが、今向かっているバイト先だった。
手作り感溢れるチラシに書かれた番号に電話すると、「うわぁ、ありがとうございます! 助かります!」と速攻OKが出た。
そして週末、意気揚々と準備して出かけたオレの隣には、何故か凜火が保護者面で座っている。ついさっきも「お姉ちゃんとお出かけ? 良いわね~」とおばあちゃんが飴ちゃんくれた。美味しかったです。
「オレ一人で大丈夫なの! 凜火はついてこないで!」
「そういうワケには行きません。アオハさまをお守りするのがわたしの職務ですから」
「じゃあ遠くから監視でもしてりゃいいだろ!」
「それも考えましたが……」
考えたのかよ。
「やはり間近で触れて確かめた方がより確実かと思いまして」
「通販より実店舗派みたいな言い方すな」
「それに、きっとわたしは役に立ちます」
ホントかぁ? オレは眉をひそめた。
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