第6話 後編


 ——魔術が使えない。


 柘榴のその指摘に、息が詰まる。

 オレは試験で魔術発動に失敗した。それは事実だ。

 ……けどっ!

「あ、あれは! 初めてだから上手くいかなかっただけで!」

「いいえ、違います」

 オレの弁解を、石榴はすっぱりと切り捨てた。

「過去に発見された《賢者の石》は全て、魔術を使えない。という報告が共通しています」

「えっ!? ど、どうして……?」

 オレの問いかけに、柘榴は言葉を探すように視線を宙にやった。

「……安全装置セイフティなのでしょうね」

「せいふてぃ?」

 オレが首を傾げると、柘榴は腕組みをして解説を加える。

「《賢者の石》とは、失われた古代魔術文明が製造した「意志を持った魔力結晶」。なぜそんなものを造らねばならなかったのかは不明です。ですが、意志がある以上、製造者の意図に反する可能性、反乱を起こす可能性は排除できない。だったら、《賢者の石》自身が魔術を使えないよう細工を施す。セイフティというのは、という意味です」

 柘榴の口調は、まるで工業製品の取り扱いについて語るかのようだった。

 息苦しさをオレは覚える。見えない首輪でもつけられている気分だった。

「また、悪意ある者に奪取された場合を想定してか、不正な魔術的接触に対する防衛機構も施されているようですね」

「それ、解除できるんですよね……?」

「残念ですが、太古の魔術文明の技術は未だブラックボックスです。ましてや、《賢者の石》ともなると、迂闊に手を出せません」

「そんな……」

「アオハくんが望むなら、私が隅々まで解剖して解析して分析しますが?」

 石榴の目が実験動物を見る目に変わる。怖……

「い、いえ、結構です……」

「冗談はさておき。ひとまず凛火を護衛につけること関して、納得していただけますか?」

「はい……」

 正直、納得などこれっぽっちもできなかったが、下手に逆らうと本当に解剖されかねない。ここは素直に従うしかないか……

 肩を落としてコクン、とうなずく。

「よろしい。では、本題に入ります」

 本題? そう言えば、石榴がオレたちを呼び出した理由はまだ聞いてなかった。

 石榴が、懐からスマホを取り出した。オレたちに画面が向けられる。そこには動画投稿サイトが開かれていた。

「これが、本題?」

「ええ。この動画はつい二時間ほど前にアップされたものです」

 そう言って、石榴はとある動画の再生ボタンを押す。

 手ブレの激しい映像だった。撮影場所はよく開けた運動場のように見える。

 画面の中央、奥の方に、二人の人間が映っている。遠くて見づらいな、と思った直後、応えるように映像がズームアップした。

「あ!?」「…………」

 思わず素っ頓狂な声が出た。隣で、凛火も目を丸くしている。

 画面いっぱいに、黒髪長身の少女が、銀髪小柄な少女の唇を奪っている一部始終が写し出されていた。

 これって……もしかして……いや、もしかしなくても……

「オレじゃん!!」

 画面を指差しオレは悲鳴をあげる。

「消してよ!!」

「これは録画です。動画サイト側には既に削除要請を出して、配信停止の処理がなされました」

「な、なんだ……よかっ、いや全然良くないけども!」 

「ええ、少しも良くありません。この動画、前半部分で、アオハくんが魔力シールドを食い破っている場面も映っていました」

「はぁ。それがどうかしたんですか?」

 オレの質問に、柘榴はため息をつく。

「生身の人間が魔力シールドを食い破るなど、聞いたことがありません」

「……そうなの?」

 首をひねって凛火にたずねると、彼女も同じように首をひねった。知らんのかい。

 柘榴がもう一度、今度は深くため息をつく。

「不幸中の幸いというか、後半のキスシーンが注意を引いて、コメントでシールド食い破りについて指摘する者はいませんでしたが……」

 石榴の鋭い視線が、オレを貫く。

「アオハくん。今後、その魔力を捕食する能力の使用を禁じます」

「え!? そんな!」 

 魔術が使えないオレにとって目下のところ唯一の武器が、使用禁止……!?

「あなたのその能力は見る者が見たら即座に怪しまれます。戦律師を目指して勉学に励みたいのなら、封じなさい」

「でも、それじゃあオレはどうやって……」

「それを学ぶのが、ここ伯嶺学園という場所です」

 石榴はにべもない。呆然とするオレの視界に、不気味な笑みを浮かべた凜火の顔がにゅっ、と現れる。

「ご安心をアオハさま。わたしが手取り足取り朝から晩まで付き添いお守りいたしますから」


「これっぽっちも安心できねーーーッ!!」

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