第6話 前編

   5


「聞いてないぞこんなこと!」


 オレの甲高い怒鳴り声が理事長室に響いた。凜火は澄ました顔で受け流し、石榴はやれやれという顔で肩をすくめる。

 試験が終わった午後、オレ(と凜火)は理事長室に呼び出された。そこでオレは、ずっと気になっていた質問を石榴にぶつける。

「理事長! 凜火の体内魔力がハムスター並って、本当なんですか!?」

「ハムスターというのは知りませんが、少なくとも平均より極端に少ないのは確かです」

「な…………」

 石榴の言葉に、オレは言葉を失う。

 第二演習場でのレズディープキス事件(通称LDK事件)はまたたく間に学園中に知れ渡っていた。曰く、


『戦律科二年の劣等生、四神楽凜火が編入生の合法ロリを魔力タンクとして利用。レズディープキス(LDK)により魔力を摂取、学園の備品を滅却するレベルの攻性魔術を放った(伯嶺壁新聞号外より)』


「誰が合法ロリだ! なにがLDKだ部屋の間取りかふざけんな!」

 唾を飛ばして激昂するオレの口元を、凛火がハンカチでぬぐう。

「まあまあ、落ち着いてくださいアオハさま」「お前のせいだろうがぁあ〜〜〜……っ!」あとオレの唾液がついたハンカチをビニール袋に仕舞うんじゃないどうするつもりだそれを。

 わなわなと震えるオレに、石榴が同情めいた視線を向ける。

「たしかに、説明不足だったことは認めます。凜火、ここできちんと説明を」

「承知しました」

 凜火は頷くと、姿勢を正してオレに向き直った。

「わたしは生まれつき体内魔力量が極端に少ない体質です。全学園生徒の平均値と比べると五分の一以下、戦律科に限って言えば、十分の一以下になります」

 怜悧な表情を変えることなく、凜火は淡々と語った。

「それでよく今まで落第しなかったな……というかよく入学できたな」

「魔力の供給さえあれば、魔術の行使はできますから。それに自慢ではありませんが、魔術を除いた戦闘・格闘術の成績は戦律科でトップクラスです。自慢ではありませんが」

 思いっきり自慢じゃねーか。

 石榴が「ちなみにですが」と口を挟む。

「この娘、座学の成績はあまり良くありません。はっきり言って壊滅的です」

「テメーさては脳筋バカだな!? ホントよくこの学校入学できたな!?」

 当初オレが凛火に抱いていた「成績優秀なクール系美少女」のイメージは粉々に粉砕された。

「……で、少ない魔力を補う秘策が、あの、その……アレだと?」「ベロチューですね」「言わなくていいよ!!」

「それがわたしのもう一つの特異体質です」

 ツッコミをサラッと流すなよ。なんだか疲れてきた……

「他者からの魔力吸収。粘膜などの肉体接触によって、魔力を吸い上げ、それを自分の物として扱うことができます」

 体内魔力というのは基本的に、食事などのエネルギー摂取を通じて体内で生成される。

 魔力は人の数だけタイプが異なる血液のようなものだ。他人から奪ったところで、自分のエネルギーとして使えるような代物ではない。

 ……なのだが…………。

 他人から魔力を吸い上げ、そればかりか自分の魔力として使えるなんて。

 そんなの、まるでおとぎ話に出てくる……

「サキュバス、ってやつか?」

「あくまで、体質が、ですが」

 そう言って凜火は「ふふ」と微笑む。いやこれもう本物でしょ。

「今までは魔術の実技試験の度に「」を募って魔力をいただいてきましたが、このたびアオハさまをお迎えすることで、わたしの魔力不足は解決しました」

 ……コイツいまサラッととんでもないこと言わなかったか?「あ、安心してください。協力者は全員女性ですから」「そういう問題じゃないだろッ‼︎」コイツ両刀使いか⁉︎

 スパーン、とオレはツッコミを入れる。……何やってんだろ、オレ……

「オレを魔力タンクにすんのはヤメロ!!」

 うがーっ! と牙を剥くオレに、石榴が口を開く。

「魔力供給さえあれば、この娘は戦律科でトップクラスの実力です。アオハくんを護るには、うってつけの存在ですよ」

「でも、だからって……! あ、そうだ、理事長が……」

「私は理事長職が多忙です。どうしてもというのであれば、アオハくんが私に付き添う形になります。そうなれば、戦律師教育を受けることはできなくなりますよ?」

 ぐぬぬ……、それは困る。でも、でも……!

「アオハくんの正体を知る者は、可能な限り少なくしなければなりません。ですので、どうかその娘で我慢してください」

「そうですよアオハさま。どうかご心配なさらず。魔力さえいただければ、わたしはアオハさまをどこででもお守りします。そう、どこででも……ふふっ」

 スマイルマシマシの凜火が石榴の言葉に乗っかる。クッソ、不穏さしか感じねえ……!

「そもそも! オレは自分の身くらい自分で守れる!」

 ヤケになって叫んだオレに、柘榴が目を細めて問うた。


「魔術が使えないのに、ですか?」

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