第4話
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講堂を飛び出したオレは、強い日差しに思わず目を覆う。明るさに慣れた目をゆっくりと開くと、目の前に伯嶺学園のキャンパスが広がっていた。
桜が満開に咲き誇る並木道、立ち並ぶ学科棟。広がる広大な演習林と、その背後にまるで壁のようにそそり立つ三千メートル級の山脈。
まだ肌寒さを残す空気は澄み切っていて、真っ白な雪に覆われた高山が、手を伸ばせば触れられそうなほどに近く感じられた。
「どうかしましたか?」
思わず足を止めたオレを、凜火が振り返る。
「きれい。すごい。広い。山が近い。色んな匂いがする……」
今までずっと地下施設に入れられていたオレには、目の前の景色はあまりにも新鮮だった。胸に溢れるものが多すぎて、ぶつ切りの言葉しか出てこない。
「オレ、ここに来られて良かった……」
「それはなによりです」
オレの呟きに、凜火がうっすらと笑みを浮かべた。
第二演習場は学園敷地の一番奥、里山の麓に位置する。山の傾斜地を切り開いて、サッカー場にして四枚近い広さが確保されていた。
櫓のような監視塔が幾つも建ち、屋根付きの射撃場や、土嚢やバリケードが再現された実践的な戦闘訓練施設などが点在している。
整列した戦律科二年、三クラス総勢六十名以上の学生を前に、実技試験の担当教官が声を張る。
「いつまでも春休み気分のヤツは一発で解るからな! 各自、実力を存分に発揮するように!」
「はッ!」
まるで軍隊のようなノリだ。卒業と同時に軍や警察、自治体の怪異対策課など、軍隊気質な組織に就職する者が多い戦律科ならではの風景なのだそうだ。
試験の前に、クラスごとに班を分けられた。予想通りというか、オレは凜火と同じ班だった。
「おいおい、そんなちみっこいのが怪異と戦えんのか?」
隣の班から聞こえた声に、オレはムッとして振り返る。C組の生徒たちだった。
「んだとコラ」「俺のアオちゃんに文句つけんのか?」「誰がお前のだブチのめすぞ!」同じ班になったクラスメイトたちが一斉に牙を剥く。若干仲間に矛先が向かってる気もするけど……
ムッツリと黙り込むオレを気遣って、クラスメイトが声を掛けてくれる。
「あんな奴ほっときなよアオちゃん!」「そうだよひめひめは気にするな!」口々にフォローしてくれるのはうれしいけど、お前らアダ名統一する気ないの?
「ま、実際に試験を見りゃ解ることか。楽しみにしとくよ」
C組の班はそう言い残して、去って行った。
「A組四班!」オレたちの班が呼ばれ、試験場となるエリアに足を踏み入れた。
「試験内容は基礎の確認だ。ターゲットに有効打を与えられれば合格。制限時間はひとり三分だ」
教官から与えられた試験内容はいたってシンプルだった。
演習エリアは幅二十五メートル、奥行き五十メートルほどの平地で、エリアの真ん中に怪異に見立てたマネキン型のターゲットが設置されている。マネキンに打撃を与えて、有効打と判定されれば合格だ。
ただしこのターゲット、本物の怪異同様に魔力シールドが再現されている。ただ殴ったり斬りつけたりした程度では有効打とは認められない。シールドを打ち消す、あるいはシールドごとひねり潰す威力の魔術攻撃をぶつけなければ、合格点はもらえないのだ。
なるほどなるほど……
「最初にやりたい者はいるか?」
「はい! やります!」
教官の問いかけに、オレは真っ先に手を上げた。この辺で、オレの実力を見せておくのも悪くない。
教官は目を丸くしたが、「ほう、ではやってみろ」と告げて評価用のタブレット端末を操作する。
オレが声を上げたことに、周囲の学生たちが注目し始めた。
「装備は何を使……使えるか?」
微妙に訊き方に気を遣って、教官が試験用の装備を指さす。長テーブルの上に、小銃や拳銃などの銃器、日本刀やナイフなどの近接武器がずらりと並べられている。
ハッキリ言って、オレの体格で扱えそうな武器はほとんどなかった。
だけど、オレは気にしない。
「いいえ、武器は要りません」
困惑する教官、背後の生徒たちがざわめく。オレは内心ほくそ笑んだ。こっちは《賢者の石》、魔力の塊だぞ。攻性魔術一発で、あんなターゲット粉々にしてやる。
まぁ、収容所にいた頃もその前も含めて、魔術を使ったことは一度もないんだけど。……でもイメトレは重ねてきた! 理論もバッチリ、さっきオレを馬鹿にしたヤツは……いたいた。見てろよ……
演習エリアを区切る白線を越え、オレは不敵な笑みを浮かべる。
「始め!」
演習場に、教官の声が響く。
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