第3話

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 翌日、伯嶺学園調律師学科、戦闘調律師科第二学年A組ホームルーム。

 古い木造校舎、階段教室の黒板の前で、オレは生まれたての子鹿よろしくぷるぷる震えていた。

「新学期早々喜べ野郎ども! 転入生の紹介だァ!」

 担任教師の暑苦しい紹介を受け、オレは黒板の前でぺこりと頭を下げる。

姫桜ひざくらアオハです。よろしくお願いします……」

 一瞬の沈黙、そして──

「うおおおお!」「キタァー!!」「マジで!? マジですか!?」「神よォオ! 感謝しますゥウ!!」

 階段教室の大部分を埋め尽くす筋骨隆々の益荒男どもが、大歓声を爆発させた。

 野郎どもが目を血走らせ黄色い悲鳴を上げる姿は、さながら戦闘民族の雄叫びだ。ただただ怖い。

 オレは相変わらず震えている。けどその理由は、目の前の野郎どもが怖いからではない! 断じて! 本当に! ……いや、ちょっとは怖いけど。

「良かったなぁお前ら、珍しい転入生がこんなに可愛い女の子で」

 担任教師がニコニコしながら言う。これでもう、オレが震えている理由はもうお解りだろう。

 そう。オレは、伯嶺学園に女子生徒として編入させられたのだ。

 身に付けているのは伯嶺学園高等科のブレザータイプの制服。当然の如くボトムはスカート。

 目立ちすぎる青銀色の瞳は、無難な茶色のカラコンで誤魔化している。同じく青銀色の髪は、黒く染めようとしたが上手くいかず、銀色になってしまった。

 伸びっぱなしだった前髪は小綺麗にセットされて、後ろ髪は頭の横で二つに結われている。

 鏡を見たときは、正直オレだと思えなかった。

 ちなみに、「変装は完璧でなければならない」という石榴の指示で、身に付けた物は全て女性用だ。下着? 皆まで訊くな……

 溢れ出す恥ずかしさと怒りと下半身の心許なさに、オレはバンビよろしく震えていたのだ。そんな姿に、

「「「「か゛わ゛い゛い゛!!!!」」」」

 野郎どもの歓声がビリビリとガラスを震わせ、内何枚かが割れた。音響兵器かコイツら。

「えーじゃあ姫桜の席は、っと……」

 担任教師が教室を見渡すと、すっと手が上がった。

「わたしの隣が空いています」

 ザッ、と教室中の野獣ども(失礼、野郎ども)がその声に反応する。

 四神楽凜火が、男どもの視線に動じることなく、背筋を伸ばしていた。

「おおそうか、じゃあそこだ。ウチは女子が少ないから、仲良くすると良いぞ、姫桜」

「あ、はい……」

 苦笑いを浮かべて、オレはそそくさと階段を上る。ちなみに「姫桜」という名字はつい先ほど石榴から知らされた。「名字がないと困るでしょう」と付けてくれたのだが、もうちょっとカッコいいヤツはなかったのだろうか。姫桜て、ヒメのサクラて……

 階段教室の中ほど窓際の席が、この教室の居場所になった。隣に座る凜火が、いかにも優等生といった感じの、落ち着き払った表情で会釈した。

「四神楽凜火です。どうかよろしくお願いします」

 初対面を装う凜火に、オレも歩調を合わせる。

「姫桜アオハです、よろしく……」

「姫桜さん!」周囲の男子生徒たちの首がグリン、と回り、一斉にオレを照準した。

「ぅおあ!? な、なんだ、なんですか?」

 思わず素の口調が出そうになった。ちゃんと女の子らしく振る舞わないと……

「姫桜さんって、アダ名とかありますか!?」

 男子生徒の一人が、上ずった声を上げる。

「アダ名? えっと……057号?」ゴホン、と凜火の咳払いでオレは両手をブンブン振る。「と、特にないです!」

「じゃあ俺が考えても良いですか!?」「いやここはおれに!」「ばかやろーテメェのネーミングセンスに任せられるか!」「アオちゃん」「アオアオ」「ひめ」「ひーちゃん」「グリーンリーヴ・オブ・プリンセスチェリー」「馬鹿かお前」「なんだ馬鹿とは」「この!」「やろ!」

 どったんばったん大騒ぎを始めた野郎共に、オレは言葉を失う。

「アオハさま」

 突然凜火が耳元で囁き、オレは耳を押さえて「ひゃいっ!?」と飛び上がる。

「そろそろ講堂へ向かいましょう。式典が始まってしまいます」

「式典?」

「ええ、今日は「あの日」から、十七年目ですから」

 ……あぁ、そういえば、今日は「あの日」か。


 オレたち戦律科二年A組がバタバタと講堂に駆け込んだとき、他の生徒たちは既に整列を終えていた。周囲から、冷たい視線がチクチクと突き刺さる。

「これだから戦律科は」 

 すぐ隣りの防除調律師ぼうじょちょうりつし科の列から、舌打ち混じりにそんな声が聞こえた。

 A組が整列を終えると、壇上に中年男性──どうやら高等科の校長らしい──と、石榴が登壇した。まず校長がマイクに向かう。

「えー皆さん。本日四月十一日という日は、我々魔導に携わる者にとって忘れてはならない日であります……」

 校長先生の話は合間に「えー」とか「ですから」を挟みながら既に五分以上続いている。周囲の生徒たちがあからさまにうっへりしている中、オレはちょっとした感動を覚えていた。

 こ、これが校長先生のダラダラと長い話……! 実在していたのか!?

伝説級ヘカトンケイル級怪異の出現と、それに伴う《第拾弐じゅうにアガルタ》の崩壊。その爪痕は今も──」

「《アガルタ》という、人類の良薬にも劇薬にもなる場所に携わる者を教育する場として──」

「《アガルタ》を含め、古代魔術文明の遺産は、現代文明を持ってしても解明し切れないものであります──」

「現状に満足することなく、常に初心を忘れず、互いに切磋琢磨し──」

「──以上であります」十分以上続いた校長の演説が終わると、石榴がマイクの前に立つ。

「私から特に申し上げることはありません。皆、己の役割を十分理解していると信じています」

 たったそれだけだった。

「では、これより三分間の黙祷を捧げます。一同、黙祷」

 全校生徒、教員たちが一斉に瞑目し、黙祷を捧げる。オレも素直に従って、目をつぶった。

 十七年前、一つの街が怪異によって滅んだ。

 《第拾弐トウェルブディストラクション》と呼ばれる大規模怪異災害は、当時の日本をはじめ、世界中に大きな衝撃を与えたらしい。

 伝説級ヘカトンケイル級怪異の出現によって、地下の《第拾弐じゅうにアガルタ》が崩壊、その上部に位置していた一つの都市を呑み込んでしまった。多数の戦律師が伝説級怪異討伐のため投入されたが、事態悪化を食い止められなかった。以来、世界中で戦律師の存在意義が問いただされるようになった。

 そうなのだ。今の時代、戦律師は日陰者扱いされている。

 それでも、オレは──……

「黙祷終わり」

 石榴理事長の声が響き、張り詰めていた空気が弛緩する。式典はそのまま新学期始めの集会へと移行する。

「昨晩、当《第さんアガルタ》において、小規模な怪異災害が確認されました。安全が確認されるまでの間、学生の《アガルタ》降下は低レベル指定区域に制限します。制限は仮設事務所の任務にも反映されるので、任務受注の際は要項を確認するように」

 教員の報告に、学生の間にざわめきが広がる。

 小規模な怪異災害、ね……。

 集会は小一時間ほどで終わった。と、そのとき。教員の一人が壇上で大声を張り上げた。

「戦律科二年! これより学期はじめの実技試験を行う! 直ちに第二演習場へ集合せよ!」

 「ええ~ッ!?」と不平を漏らす戦律科生徒たち。しかし次の瞬間には表情を引き締めて駆け出した。

「え、試験って──!?」

「アオハさまも、急ぎましょう」

 凜火に手を握られ、引きずられるようにしてオレは講堂を後にした。

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