セイ・イット・イント・ソー
今日も彼女とセックスをしてしまった。
「ねぇ、愛してるって言って」
「……愛してる」
「気持ちが足りない。もう3回言って」
何度「愛してる」と言っても、彼女は満たされない。
こういうのは数ではなく質だとぼくは知っている。
けれど、ぼくの思いなど彼女には関係のないことだ。
「愛してる、愛してる、愛してる」
「うふふ。あたしも」
彼女はそう言って缶ビールを飲んだ。
ぼくがストックしていたハイネケンだった。
「お酒、飲む?」
「今はいいや」
「飲んで」
「いいって」
「飲んで」
ぼくはしぶしぶ、彼女の差し出した缶ビールを飲んだ。
「あは、間接キスだね」
「さっきキスしたじゃん」
「別腹だよ。まったく、女心をわかってないんだから」
嬉しそうに言う彼女に、ぼくはほほえんでみせた。
こんなに笑うのに苦労することもない。
結局、ぼくは彼女が喜ぶことをするだけだ。
「ねぇ、もう1回しよ」
「もう出ないよ」
「あたしが足りないの」
ぼくはしかたなく、彼女とセックスをした。
彼女がぼくの上で喘いでいる。
目をつむり、よだれをこぼし、腰を振っている。
「気持ちいい?」
「とてもいいよ」
「ほんとうに?」
「きみは最高だ」
酒の酔いもあって、頭の血管が切れそうになりながら、ぼくは果てた。
彼女はまだ腰を振っていた。
「やめて、もう無理」
「あとちょっとだから」
ぼくの下半身はまるで別人のようだった。
ようやく彼女が満足した頃には、ぼくの身体は石のように動かなかった。
「あたしたち、幸せだね」
再び缶ビールに口を付けた彼女はそう言った。
ぼくはまた、苦笑いをする。
しんと静まるぼくの部屋は、とてもつらかった。
「音楽、かけていい?」
ぼくは音楽に救いを求めた。
「なんで」
彼女はぼくを睨んだ。
「音楽なんてかけないでよ。今はあたしとあなただけでいいでしょ」
「一曲だけ、きみにぴったりのものがあるんだけど」
まったくの嘘を言うと、彼女の顔がぱぁっと輝いた。
「ほんと? あたしにぴったりの?」
「そう。暗い感じの曲、好きでしょ」
「だいすき!」
ぼくは棚からCDを取り出し、CDコンポに入れた。
曲が始まる前に音量を調節する。
その間に、彼女はうきうきと身体を揺らしていた。
やがて音楽が始まった。
ウィーザーの『Say It Ain't So』。
イントロのギターが暗い音色を響かせている。
「あ、いい」
「でしょ」
「この感じ、エモいね」
彼女がそう言ってぼくに抱きついてきた。
「ねぇ、明日どこか行こうよ」
しかしもう、彼女は音楽を聴いていなかった。
ぼくはそのことに、無性に腹が立った。
「この曲が終わったら考えるよ」
「だめ、今」
「…………」
積み重なった我慢の限界が、ここできた。
ぼくの好きな音楽を邪魔されるのは、たとえ彼女でも、許せなかった。
「黙ってくれ」
「え?」
「せっかくの音楽が聴けないだろ。あと、離れろ。邪魔なんだよ」
彼女は目を見開いていた。
そしてみるみるうちに涙目になっていった。
『Say it ain’t so Your drug is a heart-breaker』
最高のサビの時に、彼女は静かにすすり泣いていた。
しかしそんなことなど、どうでもよかった。
『Say it ain’t so My love is a life-taker』
そうして音楽が終わった。
彼女はまだ泣いていた。
「…………」
セックスの疲れと音楽の余韻が、熱くなった頭を冷やしていった。
「ごめん、言いすぎた」
ぼくは泣いている彼女を静かに抱きしめた。
彼女の小さな身体は小刻みに震えていた。
「ぼくは音楽が聴きたかっただけなんだ」
「信じない。あたしのこと、嫌いなんでしょ」
「……そんなわけ、ないだろ」
彼女が振り向いてぼくを見た。
涙の跡のようなものは、どこにもなかった。
「じゃあ、愛してるって言って」
「死ぬほど愛してる」
「もっと」
「この世界の誰よりも愛してる」
「うふふ、あたしも」
なんて空虚な言葉なのだろう。
しかし、それを言ってしまうぼくも、空虚なのだろう。
「ねぇ、もう1回しようよ」
「……いいよ」
結局、ぼくは彼女から離れることができない。
ピロー・ミュージック ようひ @youhi0924
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