ナイトスウィミング


セックスはただの繁殖行為だ。

生物にとって、そうと決められている。


「出るよ」

「はい」


僕の精子を彼女に放出する。

子孫を残すための子種は、彼女に取り込まれ、生命となる。


「終わったよ」

「はい」


僕は精子を送り込む管を彼女から抜いた。

ドロドロとした液体が海の中に溶けていった。


「じゃあ、このへんで」

「ちょっとまって」


夜の海を泳ごうとすると、彼女が僕を止めた。

これ以上、なにかをする必要はない。

僕たちの身体はそういうふうに出来ている。


「なに?」

「せっかくだから、泳ごうよ」

「およぐ?」


彼女は珍しいタイプの雌だった。

僕はさんざん雌に精子を注ぎ込んできたが、こんなことを言う雌は初めてだ。


「いいけど、どこまで?」

「すぐ近くに人間の住む街があるの。見に行かない?」

「まぁ……いいけど」


僕たちは一緒に海を泳いだ。

海面近くが薄暗い光を帯びている。


「危ないよ。人間に食べられちゃう」

「へーき。この時間は人間は寝てるもの」


そういう彼女に、僕は不安になりながらついていく。

海面には簡単にたどり着けた。網も釣り糸もなかった。

海から顔を出すと、満天の夜空と寝静まった町並みが見えた。


「わたし、ここが好きなの」

「ふぅん。暗くて何も見えないけど」

「そこがいいんじゃないの」


ぷかぷかと浮かんでいると、音が聴こえてきた。


「きたきた」

「なに?」

「たまに聴こえるの。人間の音よ」


それは海の中にはない、不思議な音だった。

沈没してきた空ビンを弾く音に似ている。

メロディよ、と彼女は言った。


「人間ってね、好きな音を出せるのよ」

「ぼくたちにそんな機能はないね」

「だから、わたし、人間になりたいの」


彼女は触手を僕に絡ませてきた。

発情した雌の求愛行動だった。

セックスはもう終わっているし、僕たちは一緒にいなくてもいい。

それでも、彼女は僕を引き止めていた。


「きみ、変だね」

「そう?」

「僕たちの種族に、きみみたいなやつはいないよ」


へへ、と笑うように水泡を吹き出す彼女。


「いいじゃない。こんなにたくさんいるなら、変なやつのひとつやふたつ」

「そういうものかな」


音楽はまだ鳴っている。

良さはわからないが、夜の海にはぴったりな感じがする。


「人の声が聴こえる。なんて言ってるんだろう」

「それはね、『ナイトスウィミング』って言ってるんだよ」

「なんで知ってるの?」

「陸ガメが教えてくれたの。夜を泳ぐって意味なんだよ」


そこまで知っている彼女に、僕は興味が湧いた。

繁殖行為は終わったが、彼女のことがいまだ気になる。

こんな感情は生まれてきて初めてのことだった。


「ねぇ」

「なんだい」


彼女の柔らかい触手がぼくを包んだ。


「一緒に泳ぎましょ」

「いいけど、いつまで?」

「子どもが生まれるまで」


雌はひとりで子どもを産み、育てるものだ。

しかしそのシステムを守る必要はない、と僕は思った。


「夜の海って、素敵なんだね」

「あら。良さがわかった?」

「きみとセックスできてよかったよ」

「わたしも」


僕たちは夜を泳いだ。

波の音が遠くで聴こえ、海は静かだった。

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