丸の内サディスティック
「ねぇ、今日もセックスごっこしようよ」
学校の帰り道、ぼくの耳元で彼女はささやいた。
蹴り飛ばした石ころは側溝に落ちてしまった。
「いいよ」
玄関にランドセルを放り投げ、ぼくは彼女の家に向かった。
夏の一歩手前。アスファルトがじんじんと鳴いていた。
「いらっしゃい」
「おじゃましまーす」
彼女の家にはぼくたちしかいなかった。
「アイス食べる?」
「食べる!」
ぼくたちはスイカバーを食べた。
彼女が食べかけのメロンバーを差し出してきたので、ぼくの食べかけのスイカバーと交換した。おいしそうに頬をほころばせる彼女は可愛かった。
「食べちゃったね」
「やる?」
「うん」
ぼくがうなずくと、彼女は服を脱いだ。
なだらかなきれいな身体だった。膝には赤い擦り傷ができていた。
ぼくも裸になり、ふたりで向かい合った。
「きんちょうするね」
「いつもしてるでしょ」
「でも、やっぱりえっちだから」
ぼくたちは身体を重ねた。
セックスというものを知らないので、見よう見まねで肌をこすりつけるだけだった。
「男の子って、なんでちんちんが付いてるの?」
「それを言うなら、女の子だって、なんで付いてないの」
「わかんない。ふしぎだよね」
あるものとないものを、ぼくたちは見つめ合った。
やっぱり、彼女の身体はきれいだった。
「セックス、どう?」
「なんか、ぽわぽわする」
「わたしたち、おとなみたいにセックスしてるね」
「そうだね」
彼女の肌はすべすべで、ずっと触っていたかった。
平らな胸に触れると、彼女はわざとらしく「あん」と言った。
大人たちはそう言っていることをぼくたちは知っているが、その良さはわからない。
「男の人はね、せーしっていうのを出すんだって」
「なにそれ」
「ちんちんから出る白いやつ」
「……ビョーキじゃないの?」
「さぁ。出してみれば?」
そうはいっても、出し方を知らなかった。
結局、ぼくたちは飽きるほど抱き合って、そのまま床に寝転んだ。
「気持ちいいね」
ぼくの胸の上には彼女の心臓があった。
身体の熱を感じながら、ぼくは深く息を吸った。
彼女からはイチゴに似た甘い香りがした。
「おとなになれたかな」
「どうかな。なんか足りない気がする」
頬と頬をくっつけていると、「そうだ」と彼女が言った。
「音楽だよ」
「おんがく?」
「おとなたちの音楽を聴けばいいんだ」
裸で飛び出していった彼女を追うと、母親の部屋についた。
彼女はCD棚から1枚のアルバムを取り出した。
おぼつかない手付きでラジカセに入れると、きゅるきゅると音がした。
「くるよ」
「うん」
やがて流れたのは、ちゃかぽかと変な音。
そして「わん、つー、わん!」と変な声がして、怪しげなメロディが流れてきた。
「おお。なんか、ぽいね」
「でしょ。おとなになれそう」
「なんて曲?」
彼女がアルバムを差し出してくる。
アーティスト名は『名』と『林』の漢字しか読めなかった。
アルバムの裏を見ると、一番目の曲は『丸の内サディスティック』と書かれていた。
「いい曲だね」
「学校で歌わない感じの曲だよね」
「歌ったらみんなおとなになっちゃいそう」
「先生がびっくりするね」
ぼくたちは裸のまま、ラジカセを囲った。
歌詞の意味はまったくわからなかった。
でも、曲の雰囲気が大人っぽい——それだけはわかった。
「お母さんがいつも聴いてるんだ」
「やっぱりおとなの曲だね」
「聴きながらお酒飲んでるんだよ。おとなばっかりずるいよね」
「あ、セックスしなきゃ」
「そうだった」
思い出したようにぼくは彼女を抱きしめた。
さっきと同じことをしているだけなのに、なんだか胸が熱くなった。
やっぱり大人は音楽だ、とぼくは思った。
「早くおとなになりたいなぁ」
「そしたら、いっぱいセックスできるね」
「子ども、3人はほしいな」
「楽しみだね。おとなになるの」
音楽の隙間からセミの鳴き声が聞こえてきた。
ぼくたちは手をつないで、唇を重ねた。
彼女からはイチゴに似た味がした。
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