カロン


「最高だったな」


隣で寝転んでいる彼女が言った。

オレはぐったりとしたままうなずいた。


「ああ、ほんとよかった」

「あたしたち、身体の相性良すぎだろ」

「それ。お前の中、すごすぎ」

「名器なんだよ、あたし」


彼女はボーイッシュな女の子だった。

髪は短いし、胸も小さいし、身体も細い。

まるで小さな男の子のようだといつも思う。


「あーつかれたぁ」


そう言って大きなあくびをする彼女。

こういう気の遣わないところは、彼女のいいところなのだが——。


「お前、ほんとに女かよ」

「あ? さっきセックスしたろ」

「つくづく、女に見えないぞ」


思っていることが声に出た。

彼女は「ガハハ」と大声で笑った。


「あたし、ガサツだからなぁ。女子の中でも男扱いされるし」

「このあいだ、男子トイレに入ってきたよな」

「罰ゲームの時だな。あたしにとっては罰でもなんでもなかったけどさ」


学校では彼女はスカートを履いているが、それでも男子扱いされている。

彼女が女だとわかる瞬間は、身体測定とセックスの時ぐらいだ。


「なぁ」


彼女がスマートフォンに手を伸ばしながら言った。


「なに?」

「音楽かけてもいいか?」


彼女は音楽が好きだった。

オレが「聴かせて」と言っても、いつも「恥ずかしいから」と断っていた。

彼女の音楽好きが前に出た、はじめての瞬間だった。


「いいよ」

「なんでもいいか?」

「もちろん」


彼女は指で画面に触れた。

曲はいっこうに流れてこない。

なんでもいいと言っておきながら、慎重に選んでいるようだった。


「ほんとに適当だぞ」

「いいから」

「ほんとのほんとに……」

「わかったよ。今、すごく音楽が聴きたい」


オレがそう言って、ようやく音楽が流れた。


『たったひとつの星が 空から落ちてこのまま 夜に溶けてしまいそうだった』


ロックバンドミュージックだった。

女性の声がきれいな、オレが聴かないタイプの曲だった。


「なんて曲?」

「えっとなぁ、ねごとの『カロン』ってやつ」


彼女は恥ずかしそうに言った。

セックスの時よりも顔が赤くなっていた。


『はだしのまま飛び出したベランダで 見上げた空に両手を伸ばした』


歌詞に耳を傾けると、オレは不思議な感じがした。

こういうのは、曲だったからだ。


「…………」


目の前にいる男っぽい彼女が流した音楽とは、とても思えなかった。


『なんど夢をくぐったら きみに会えるの』


こういうとき、何か気の利いたことを言えばいいのだろうが、できなかった。

赤い頬を押さえる彼女が、ほんとうに女の子に見えた。


「おい、なんつー目で見てんだよ」

「いや……お前、女の子だったんだな」

「何言ってんだ。さっきセックスしただろ」


オレは正直、彼女を女として見ていなかった。

どちらかと言えば、男友達として関係を持っていた。

なんでも言い合えるし、汚い言葉も使えるし、下品なことで笑い合えるし——セックスもその延長だった。男のように関われる女子は、彼女ぐらいだった。


「今までごめん」


しかし、彼女は女の子だった。

セックスをして、彼女の好きな音楽を聴いて、そうわかった。


「いきなりどうした」

「オレ、お前のこと、もっとちゃんと見るわ」

「なにがだよ」

「そりゃあ、お前の心を」

「……マジでどうした?」


お互いに顔を合わせて、オレたちは笑いあった。

笑い声はもちろん、彼女の方が大きかった。


「太陽が夢を染めて 朝になっていた」


歌の最後の歌詞を、彼女はメロディに重ねて口ずさんだ。

彼女はこんなにもきれいな歌声だったのだと、オレは初めて知った。


「これからも音楽、かけてくれよ」

「え、そ、それは恥ずかしい」

「セックスしただろ」

「か、考えとく……」


オレたちは手をつないで、また笑いあった。

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