ファニー・バニー


「はぁ……今日も行けなかった……」


学校から帰ってきて、私はカバンを放り投げた。

制服のまま、カーペットに転がる。


「私、ほんとに臆病だ」


スマートフォンの画面に触れると、ロック画面が表示された。

ハチマキを巻いた男の人が無邪気に笑っている。

校内で掲示された体育祭の写真を、ひとりでこっそり撮ったものだ。


「上野先輩……」


先輩との出会いは、風の強い体育祭の日だった。

私が木陰で休んでいるとき、彼はひとり蛇口で水を飲んでいた。

薄い唇から溢れる水が輝いていた。


「ハチマキ、同じ色だね」


私を見つけると、先輩はそう言ってはにかんだ。


「体育祭、ダルくない?」

「ええ、少し」

「こんなに暑くなったのに外で祭りなんてバカげてるよ」


副団長の彼がそう言うものだから、なんだか意外だった。


「ねぇ。このままこうしてない?」

「……人が見てますよ」

「気にしない気にしない。オレも休みたいだけ」


先輩が入ってくると、木陰の温度が上がった。

そうして言葉も交わさず、体育祭を眺めていた。

結局、彼は仲間に呼ばれて行ってしまった。


「楽しかったよ。またね」


その言葉を噛み締めて1週間。

先輩は校内で私を見かけるたびに「おひさ」と声をかけてくれた。

また他愛もない短い話をして別れる。

それが毎日続いた。


どうやら私と先輩は見えない何かで引かれ合っているようだった。


「……先輩、好きです」


カーペットの上でつぶやく。

先輩は私をどう思っているのだろう?


「先輩、センパイ、せんぱいっ……」


こんなふうに先輩でオナニーをしてしまう女を。


「好きです、好きです、すきです」


いつから右手でするようになったのだろう。

覚えたのはインターネットで見た動画だった。

私とは無縁だと思っていたのに、気付けば興味を持っていた。

他にやることはいっぱいあるのに、どうしても、してしまう。


「わたし、先輩のこと、好きなんです」


強くこすると身体が跳ねた。

もし先輩が私としても、彼は優しくしてくれるだろう。

あの涼しい顔で激しいことをしてくれるのも、それはそれでいいけれど。


「ん……くぅっ……!」


1回目の絶頂を迎えた。

私の気持ちはそれでは収まらない。


「先輩、もっと、ください」


中に入れていた指はドロドロにとろけていた。

私から出てきた液体とは思えないほど熱かった。

中指を曲げると、もっと強い快感がやってきた。


「そこです、せんぱいっ……」


2回目の絶頂は早かった。

お腹の奥がドクドクとしている。そこに心臓があるようだった。


「うぅっ……あぅ……」


3回目。

私は両手で胸をもんだ。

先輩はおっぱいは好きなんだろうか。

そんなに大きくはないけれど、なくはない。


先輩の大きな手が、私の胸を優しく、激しく、もみしだいて。


「きゃっ!」


下に触れてないのに、すぐに絶頂した。

カーペットには水たまりができていた。

タオルを敷けばよかったけど、もう遅いからいいやと思う。


「ん……んんっ……あッ……!」


4回目、5回目、6回目、7回目……。

絶頂する間隔がどんどん短くなっていく。

このまま夕食まで、何回までいけるだろうか?


「はぁー……はぁぁーっ……!」


気付いた頃には意識があいまいになっていた。

指がふやけ、感触がなくなっている。


「せん、ぱい……」


スマートフォンを持つと、18:30と表示されていた。

夜に近づくにつれ、画面の先輩はかっこよく見えた。


「そう言えばさ、音楽聴く?」


ふと、廊下での先輩との会話を思い出す。


「いえ、あんまり……」

「じゃあ、この曲聴いてよ。すっげー好きなんだ」


はじめてスマートフォンに入れた音楽。

一曲しか入れていないその曲を、私は再生した。


『王様の声に逆らってばれちゃった夜 きみは笑っていた』


ザ・ピロウズの『Funny Bunny』という曲。

きれいなメロディで、先輩のように爽やかな曲調だった。


『きみの夢が叶うのは 誰かのおかげじゃないぜ』


今まで音楽を聴いてこなかったから、どう聴けばいいのかわからない。

歌声、楽器、歌詞、リズム、テーマ。

そんなにたくさんのものを、一度には飲み込めない。


だから私は、歌詞だけを聴くことにした。

先輩が好きなのは、別のものかもしれないけれど。


『風の強い日を選んで 走ってきた』


熱がゆっくりと抜けていく。

身体の中で風が吹いているようだった。


私はスマートフォンを胸に抱き、目を閉じる。


「せんぱい、すきです」


明日、先輩に告白しよう——そう、決めた。


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