24話 翔太は振り返る

 僕は布団の上にうつ伏せになる。気が抜けて自分の家にいるかと思いそうになるけど、そば殻の枕で大智君にいるんだと実感した。ザラザラした肌触りが気持ちいい。


 それにしてもホーム・パーティはとても楽しくて、台風みたいだった。何人いたんだっけ? と心の中で数える。


 大智君のお父さんとお母さん。お父さんには弟が二人いて、どっちも家族を連れてきていた。だから大人は六人。それから子供は僕と大智君。高校生で双子のお姉さんたち。中学生のお兄さんと六年生の男の子。全部で12人。大智君のお姉さんはいなかったけど、それでも大人数だった。


 三つ並べたテーブルを囲んで大騒ぎだったのを思い返す。あっちこっちで会話が飛び交い、大智君と話している最中に、おじさんから幸二さんの話をふられ、それに答える間におばさんから料理を勧められる。そのお皿に箸をのばしていると、お姉さんたちにからかわれている大智君から助けを求められて、もうパニック寸前だった。


 テーブルの上も大変な事になっていて、大智君のお母さんが用意していたのは中華料理だし、みんなが持ち寄ってきたのは鶏の丸焼きとか船に乗ったお刺身とか、僕の知っているクリスマスとは全然違う。だけど、そこにいるだけで楽しかった。


 長い時間、たくさん食べて、たくさん笑って、大智君の部屋に場所を移す。そして布団に飛び込んだ。そんな僕を大智君はベッドの上から笑う。


「疲れたか?」

「ちょっとだけ。毎年こんな感じなの?」


 僕は体を起こし、あぐらをかく。大智君の部屋はパーティ会場から離れていたけど、居間からはまだ笑い声が聞こえていた。


「俺の姉ちゃんが泊まりに行ってるから今年はマシな方かな。ほら、双子の姉ちゃんたちがいたろ? 三人集まるとうるさいんだよな。中学生の兄ちゃんをからかい始めるとめちゃくちゃになるし」


 大智君が名前で呼ばないのは気を使ってくれているんだと思う。正直なところ覚えきれていないから助かった。


「それは大変そうだね」

「本当だって。でも、おじさんも来てたらもっと大騒ぎだったかもな。父ちゃん、一緒に飲めなくて残念がってたぜ」

「仕方がないよ。幸二さんはひとみさんのとこに行っちゃったから」


 頑張ってね、と見送ったけど、一緒に来られなかったのは少し残念だった。きっと冷静な幸二さんでも、僕と同じように困っていたと思う。それほど、にぎやかで、仲の良い家族だと思う。ふと、その中に混じっていていいのか気になった。


「僕がいて良かったの?」


 だけど大智君は笑うばかり。


「俺が一番年下だろ。みんなからしたら、いいおもちゃなんだよ。だから逆に来てくれて助かったぜ。それにしても翔太はこういうのに慣れてないのか?」


 そう言うと、ベッド脇にあるサッカーボールを取り、僕に向かって投げる。これは僕があげたプレゼント。キャッチして指先で回すと、青と黄の模様が混じりあってきれいだった。


「うん。ずっとお母さんと二人だったから。学校の給食は大勢だけど、こういうのとは違うし」


 ボールを投げ返すと、胸でトラップし、器用に膝で挟む。


「今まではどんなクリスマスだったんだ?」

「ケーキ食べるだけだよ」

「それだけ? 食い足りないだろ」

「そうじゃないよ!」


 おかしな事を言うから、もうひとつのサッカーボールを投げる。こっちは大智君からのプレゼントでシンプルな白と黒のやつ。僕らは同じものを贈り合っていた。それがわかった時は、お腹が痛くなるほど笑ったっけ。


 そして投げたボールは簡単に捕まり、すぐに返ってくる。白と黒の境目を指でなぞりながら去年のクリスマスを思いだしていた。


 テレビを見ながら待っていたら炬燵こたつで寝ちゃったんだっけ。揺り起こしたお母さんは着替えもせずにコートもマフラーも身につけたままだった。息をきらせて、汗をかいていて、ごめんなさい、と言われた気がする。あの時のケーキはおいしかったな。丸太みたいな形をしたやつ。箱から出したら少し崩れていて、また謝られたんだった。


「お母さんは仕事で帰りが遅いから、晩御飯は先にすませてたよ。そのあと、一緒にケーキを食べた」

「それで?」

「それだけ」


 顔を上げると大智君はばつが悪い顔をしている。今にも謝ってきそうだったから、慌てて首を振った。


「それで十分だよ。僕のために急いで帰ってきてくれたんだし。二人きりだけど、楽しかったんだ」

「そっか」


 まだ気を使われてる感じがしたから、またボールを投げる。


「そういえば、クリスマスなのにケーキがなかったね」

「みんな甘いの苦手なんだよ。食べたかったのか?」

「そんな事ないよ。でも、少しはクリスマスっぽさがあっても良かったかな」


 今日、並べられていた料理を思い返すと頬が緩む。びっくりしたけど、とても、とっても楽しかった。大智君もつられて笑う。


「来年は母ちゃんにケーキ焼いてもらって……いや、おじさんに買ってきてもらうってのもいいな。絶対、変なの持ってくるぜ」

「そんな事ないよ」


 いくら幸二さんでも、普通のを買ってくるはず。そう思ってかばうけど、サッカーボールを抱えたまま体を揺すって笑う大智君は止めを刺しにきた。


「あるって。BBQの時のピーマン覚えてるだろ? あれは面白かったな。食べられるようにするのに、そのままなんだから」


 幸二さん、ごめんなさい。ピーマンのホイル焼きを言われると自信がなくなる。それでも言い返そうと言葉を探していると、チャイムが鳴るのが聞こえた。


 まだ九時前だけど、こんな時間から来る人もいるんだ。今度は誰なのか聞こうとしたら大智君は勢いよく立ち上がる。


「翔太。きっとおじさんだぜ」

「え? でも、ひとみさんのところは遠いって言っていたよ」

「他に来る人いないから間違いないって。お土産もあるかもよ。行こうぜ」


 そう言われると、そんな気がしてきた。夜にケーキを持ってやってくる。まるでサンタクロースだ。


 僕も立ち上がると、部屋のドアが開いた。そこにいたのは大智君のおじさんと幸二さん。うれしいけど、何でもない風に言った。


「お帰りなさい」

「ただいま。早く帰ってこられたから、翔太が世話になってる礼を兼ねて挨拶だけでもとな」


 幸二さんは大智君のおじさんに肩を組まれて、少し困った顔をしている。


「せっかく来たんだ。良い酒があるし付き合ってくれ。そのまま泊っていけばいい」

「いえ、これ以上ご迷惑をおかけするわけには――」

「迷惑なもんか。あんたと飲むのを楽しみにしてたんだ。翔太君もその方がいいよな?」


 いつも冷静な幸二さんがタジタジになっているのが面白くて吹き出してしまった。笑いながらうなずく。


 話が長くて待ちきれないのか、しびれを切らした大智君が口をはさんだ。


「おじさん。お土産あるんだろ?」

「あるが、お前たちへのではないぞ」

「えー。じゃあ何だよ」


 それに答えたのは、おじさん。何か大きい箱を持っていると思っていたけど、蓋を開けて見せてくれた。中にあるのは大きな魚。口のところにひもがついている。


「見ろ! 荒巻鮭あらまきじゃけだ! 立派でうまそうだろう?」


 僕と大智君は顔を見合わせ、思っている事を代わりに言ってくれた。


「ケーキじゃないのかよ!」


 何でもいいだろ、とおじさん。そのまま二人は言い合いを初めてしまった。こうして見ると、親子なんだなあと思う。けんかするほど仲が良いってのは大智君たちの事を言うんだろう。


 ながめている僕の肩に幸二さんの手が置かれる。


「楽しんでいるか?」

「うん。でも、どうして魚なの?」

「向こうで食べたサーモンとイクラがうまかったし、正月といえば荒巻鮭だ。ケーキの方が良かったか?」

「そんなことないよ」


 僕が首を振ると、そうか、と返してくれる。でも、大智君が言ったように幸二さんはやっぱり変だ。そこが良いところでもあるけど。


 考えている事がわからなくて、時々、難しい話し方をするけど、隠したり誤魔化したりしない。わからなければ一緒に考えてくれる。今まで、こんな大人と会った事がなかった。


 初めは他に行くところがなかったから一緒にいただけで、早くお母さんと会いたいとばかり考えていた。それなのに、いつの間にか、幸二さんがいると安心して、あの家が僕の居場所になっている。それはとてもうれしい事だと思う。


 今なら素直に言えそうな気がして、大きな手を握った。


「ありがとう」


 だけど言葉が少なすぎてつたわらなかったみたい。


「新巻鮭か? そんなに喜ばれるなら、もう一匹買ってくればよかったな」

「そうじゃないよ! あ、プレゼント、喜んでもらえたよ」


 転がっているサッカーボールを指差す。


「青と黄色のボールは僕が贈った方。白黒のは大智君からの」

「二人ともサッカーボールにしたのか?」

「うん。息ピッタリだよね」


 お礼はつたわらなかったけど、僕のうれしさは届いた。幸二さんは目を細めてうなずく。


「良い友達にめぐりあえたな」

「うん! 明日はこれでサッカーするんだ」

「残念だが、それは無理そうだぞ。本降りになってきている」


 何が? と思ったけど、すぐに今朝のテレビで言っていた事と気づく。


「大智君! 雪! 今降ってるって!」


 まだ親子でワーワー言っていたけど、雪と聞いて目をかがやかす。お父さんを押し退けて窓に突進し、全開にしていた。


 大粒の雪が風と一緒に振り込んでくる。カーテンが揺れ、部屋の中が一気に冷えていった。二人並んで窓から顔を出すと、雪が頬に当たって気持ちいい。


「大智君、明日は雪だるま作ろうよ」

「雪合戦の方がいいって!」

「じゃあ、両方やろうよ」


 僕は雪が好きじゃなかった。積もった雪は靴の中に入ってくるし、溶けて凍ると歩きづらい。隅っこに押しやられた雪は汚く見える。それに嫌な事も思い出すからだ。


 去年、行く当てがなくて、お母さんと二人で駅のベンチに座っているしかできなかった時を。暗くて、誰もいなくて、寒かった夜。追い討ちをかけるように吹雪いていた雪が嫌だった。


 だけど雪で電車が遅れたから幸二さんに会えた。仲の良い友達もできた。だから今は雪が好きだ。


 いいぜ、と大智君が口を開くと白い息が広がる。このまま降りしきる雪を見ていたかったけど、怒られてしまった。


「大智! 早く閉めろ! 酔いが冷める!」

「せっかくのホワイト・クリスマスなのに、だらしないぞ! 翔太もそう思うよな?」


 相変わらず言い合っている二人だけど笑っている。もちろん、僕と幸二さんも。


 ホーム・パーティはとても楽しくて、幸二さんが帰ってきて、そして振ってきた雪でわくわくしている。思っていたとおり今日は最高のクリスマス・イブになった。



【次回予告】


 翔太がホーム・パーティに向かった頃、幸二は坂木の故郷に来ていた。しかし勢いで来たものの、他人の親子関係に口を出すべきか迷う。早くに父を失っている幸二は親子の関わり方を測り切れずにいるからだ。それでも自分にできる事があるはずだと踏み出す決意を固める。


 次回

『お前らの存在が重すぎて俺のタスクが破綻する』

<ホーム・カミング>

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