クリスマス・プレゼント
22話 翔太はプレゼントを選ぶ
僕はエスカレータ横にある大きなツリーを見上げた。天井すれすれで天辺の星が金色に光る。みんなクリスマスを祝う準備をするために来ている気がした。
うちには関係なさそうだな、と振り返る。だけど幸二さんが赤や緑に光るサンタクロースの置物を見ていたから驚いた。意外と興味あるのかなと思ったら、ひっくり返して裏側の文字を真剣に見ている。
「思ったより消費電力が少ないな」
何を言っているのかわからないけど、興味はクリスマスじゃなくて別の事らしい。幸二さんはサンタクロースをもとに戻し、こっちを見た。
「
「うん」
「俺は食材を買いに行くから、探してくるといい」
「わかった。買ったら電話するね」
小さく手を振って見送り、人混みに歩きだす。
来週のクリスマス、僕たちは大智君からホームパーティに誘われていた。とても楽しみで、ちょっとだけ不安。大智君はプレゼント交換しようぜって言っていたけど、何を贈っていいかさっぱりわからずにいる。
クリスマスといえば、お母さんとケーキを食べて、朝になるとプレゼントが枕元に置いてあるものだった。プレゼントというものはサンタクロースからのごほうびで、贈り合うものじゃない。つい最近までそう思っていたし、サンタもいると信じていた。
ちらりと振り返って幸二さんを探す。だけどその背中は人の波に隠れて、とっくに見えなくなっていた。
去年のクリスマスプレゼントに何を買ってもらったか、と聞かれなければ今でもサンタクロースを信じていたと思う。結果的にそれで良かったんだけど。大智君にサンタの話をしたから、ホームパーティに呼ばれたわけだし。
それにしても何を贈ればいいんだろう? お母さんも悩みながら選んだのかな? 去年、枕元に置いてあったルービックキューブを思い出す。パズルは好きだけど、僕には難しすぎて、すぐにさわらなくなった。勉強机の飾りになっているのを見て、お母さんは悲しかったかもしれない。そう考えると大智君へのプレゼント選びが難しく思えた。
とりあえず、おもちゃが売っている所を探そうと床に描かれた店内の地図に目を落とした。色んな人のスニーカーとかブーツがその上を行ったり来たりしていて見づらい。結局、見つけられなかったけど一階には売り場がないみたいだ。それなら二階だとエスカレータに乗る。登って行くうちにクリスマスツリーが沈んでいくように見え、天辺にある金色の星は天井に隠れてしまった。
喜んでもらえるものを選べるかな。
エスカレータを降りて高い棚の間を進む。うろうろしているうちにジグソーパズルやモデルガンが並んでいるコーナーを見つかり足が早くなった。きっと近くにある。その予想は当たっていて、棚一面にずらりと詰め込まれたガンプラを見つけた。たしか
「本当にこれでいいのかな」
つぶやいた声は軽快に流れるドンキホーテの歌にかき消される。まるでさっさと選べと言われてるみたいだった。
「え?」
貼られている値段を見てびっくりした。七千円? そんなにするものなの? 他の箱も見てみたけど、同じぐらいか、もっと高かった。もしかしてと思って、リュックサックから茶色い封筒を出す。足りなかったら使えと渡されていたそれの中をそっとのぞいた。一万円札が見えて慌ててしまう。
もし、僕がこれをもらったら? いくら良いものでも、こんな高いのは困る。じゃあ、どのぐらいなら素直に喜べるんだろう? 一カ月のお小遣いぐらい?
そこまで考えて気付いた。大智君はお小遣いをいくらもらっているんだろう?
お母さんと一緒にいた時はお小遣いをもらった事がない。必要な時に言えばよかったから。幸二さんからは毎月もらっているけど一カ月に五千円は多いと思う。千円も使っていないし。そうなるとプレゼントにいくら使っていいかも、何を買えばいいかもわからない。
はじめてのホーム・パーティが楽しみで仕方がなかったけど、だんだん暗い気持ちになってきた。
お母さんがいなくなった事、友達がいないところに転校した事、何を考えているかわからなかった幸二さんと生活する事。それと比べたら小さい悩みなのに、まさかプレゼント選びで悩むとは思わなかった。でも、とても大切な問題だった。だから絶対に失敗したくない。
ふと、ひとみさんを思い出す。大智君と一緒に家出した時、助けてくれた事を。まるでピンチを救ってくれるヒーローみたいだった。だけど今は誰も助けてくれない。自分で答えを見つけないといけない。諦めたらだめだ。
どうすればいいか考えていると、大きな声が聞こえて、悩みごと吹き飛ばされてしてしまいそになる。その声は女の子のもので、とても怒っているみたいだった。
「どっちをプレゼントしたらいいかわかんないもん! ゆうとが決めて!」
振り返ると、ぬいぐるみとかが置いてあるコーナーの前で不機嫌そうにしている子がいる。その前には膝をついて苦笑いを浮かべている男の人。
ゆうと、と名前で呼んでいるのが気になってしまう。お兄さんにしては年が離れすぎているし、親戚の人かもしれない。それか、幸二さんみたいに本当のお父さんじゃないのかも。そう考えると目がはなせなくなった。
一年生か二年生の女の子は、両手を男の人に突き出していた。持っているのはピンクの服と青い服。どっちもキラキラしていて学校に来ていくような感じじゃなかった。日曜日の朝にテレビでやっている、女の子が変身するアニメの服によく似ている。
男の人は優しく問いかけた。
「どっちも自分が欲しい物だろう?」
女の子は小さくうなずき、男の人は頭をなでる。その姿は、なんだかお父さんのように見えた。
「プレゼントを渡す子がどんな子か知らないけど、これをあげて喜んでくれるかい?」
「わからない。これじゃなかったら何がいいの?」
「そうだなあ。一緒にいる時、どんな遊びをしている?」
「あれ! わたしはパパ役なの!」
女の子はショーケースに飾ってある人形を指差した。手のひらに収まる大きさで、動物の親子がかわいい服を着ているシリーズものらしい。
それを聞いて、男の人は顔をほころばせた。
「へえ。ちゃんとできるのか?」
「ゆうとより、わたしのパパの方がカッコイイもん!」
「そう言われると悔しくなるけど、まあいいか。だったらプレゼントはこっちにしないか? その子が持っていない人形をあげたら喜んでくれるだろうし、一緒に遊べるだろ」
女の子は少し考えてから、お父さんの手を引っ張って、トナカイの親子の人形を指差した。
「これにする!」
「大丈夫か? もう持ってたりしないか?」
「うん。あるのは、これと、これと……」
まるで自分が持っている人形みたいに迷わずに次々と指を向ける。そのたびに細かい説明があり、お父さんは、ああ、とか、うん、とうなずく。苦笑いしている顔からすると、きっとわかってないと思う。それは女の子も感じているようだった。
「ゆうと! てきとうに返事してるだけでしょ!」
「ばれたか。でも良いプレゼントだと思うな。これにするか?」
「うん!」
ふたりは手をつないで歩き出す。そして笑い顔は棚に隠れてしまう。
僕も、おもちゃコーナーから離れた。幸二さんはガンプラだと言っていたけど違うものにしよう。あの子のお父さんが言ってた事は正しいと思う。喜んでもらえて、一緒に遊べる物がいい。
正直なところ、ガンプラは喜んでもらえないと思う。大智君は細かい事は苦手だし、じっとしているより走り回っている方が好きだ。そう考えると、あれしかない。
そのあと大智君にぴったりなプレゼントを選ぶ事ができて、クリスマスっぽい赤と緑の袋にラッピングしてもらった。それを両手で抱えていると、さっきまでの不安は消えてしまい、手のひらを返したようにクリスマスが待ち遠しくなる。これなら喜んでもらえる。そして幸二さんにも。
買ったプレゼントはもうひとつある。それのせいでリュックサックがふくらんだけど、肩にかかる重さすらうれしく思えた。顔がにやけないように、少し下を向きながら人混みの中を歩く。
「翔太」
顔を上げると、両手にレジ袋を持った幸二さんがいた。
「プレゼントは選べたようだな」
「ごめんなさい。ガンプラにしなかった」
僕は謝り、幸二さん首をかしげる。
「どうして謝る?」
「せっかくアドバイスしてくれたのに、違うものにしちゃったから」
なぜか幸二さんは頬をゆるめた。
「考えぬいて選んだならそれでいい。それに、人に言われたまま動いてもつまらないだろう」
今度は僕が首を傾げる番だった。
「じゃあ、どうしてガンプラを教えてくれたの?」
「何かを選ぶ時は、比較対象があった方がうまくいくからだ」
そう言われてみるとガンプラを見てなかったら、こんなに悩んでいなかった。もしかすると、わざと高いものを言っていたのかもしれない。買い物袋を重そうに持っている幸二さんを見上げたけど、いつも通り何を考えているのかさっぱりわからなかった。でも僕を思っていてくれるのだけはわかる。
「ちょっとわかりにくいよ」
「そうか。先に説明するべきだったかもな。悪かった」
「いいよ。おかげで良いプレゼントになると思う。あと、ゆうとさんって人にも助けてもらったんだ」
プレゼントを選んでいた親子の事を話すと、幸二さんは不思議そうに眉を上げる。
「誰だ?」
「さっき見かけた人」
二人のやりとりを思い返しながら話すと、幸二さんは納得してうなずいた。
「今度会ったら礼を伝えておく。それよりプレゼントは何にしたんだ?」
僕が抱える袋を探るように見てきたけど、さっと背を向けた。
「秘密。クリスマスまでのお楽しみ」
「俺へのプレゼントじゃないだろう。翔太が何を選んだか知りたい」
「それでもだめ! 早く帰ろうよ! たくさん悩んだから、お腹空いちゃった」
逃げるように小走りになった。振り返る必要はない。ちゃんとついて来てくれるのはわかっているから。
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