1-12 真相

「玲花くん。少しは落ち着いたかい? 」

 玲花は先程封戸が入れ直してくれた紅茶を啜っていた。

「はい。自分の目の前で起きたこと、まだ全てを信じて受け入れることはできませんが、さっきよりは落ち着きました。封戸さんの紅茶のおかげかもしれません」

 封戸はそれを聞いて安心したように、微笑んだ。先程の緊張感のある険しい顔とは別人のようだ。

「それは良かった……さて。玲花くんにはどこから話をしようか……」

「二美さん、一香さん、それに封戸さんて一体、何者なんですか? 」

 玲花は多くの幽霊を見てきたが特殊な能力を使いこなす人間に出会うのは初めてだった。

「私たちも君と同じ、霊力を持つもの。ただ私の先祖は昔から自身の霊力を操る力を持っていた。その特殊な体質を使って、人々の役に立ってきたんだ」

 封戸の先祖は陰陽師みたいなものなのだろうか。玲花はテレビ番組やアニメなどでしか見たことがないから詳しくは知らないのだけど。

「一香さんと二美さんは封戸さんの親戚……ですか? 」

「彼女たちは私の血筋ではない。私が担当した事件でたまたま出会ってね。もともと霊力があって、訓練したことであの力を手に入れたんだ。全く、あの2人には色々と驚かされてばかりだよ」

 特殊な能力は必ずしも封戸の家系である必要はないようだ。玲花は1番聞きたかったことを封戸に質問した。

「父も……私や封戸さんみたいに幽霊が見えていたんですか? 」

「あぁ。そうだよ」

「父も封戸さんと同じ探偵だったんですよね?ということは父も皆さんと同じことをしていたんですか? 」

「そうだ。彼も依頼人として出会ったんだ。彼はだいぶ大きなものを背負っていたよ」

「なんですか?それ」

「君のお父さんの家系……札木家の人間は皆、不審な死を遂げている。暁優くんはその謎を解いてほしいと私にお願いしてきた。それはそんな2、3日で解明できるものではなくてね。私は提案した。ここで探偵として働いてくれれば、いろんな幽霊の情報を手に入れることができる。だから私のお手伝いをしながら調査をしたらどうかねと。彼は2つ返事で承諾したよ」

 札木家の人間の不審死……たしかに玲花は生まれてこの方、母方の親戚にしか出会ってこなかった。もしかしたら札木家の生き残りがいるかもしれないが、ほとんどは亡くなっているのだろう。そこで玲花はふと気がついた。

「待ってください、封戸さん。私の両親は交通事故で亡くなったって聞きました。でも事故って別におかしな死にかたではないですよね? 」

 封戸は腕を組むと考え込んでしまった。次に発する言葉を選んでいるように見えた。彼は重たい口を開いた。

「そう。君の両親は交通事故で死んだんじゃないんだ。私も現場にいたわけではないのでなんとも言えないのだが……自宅で見つかった2人の遺体には争った形跡があったんだ」

「誰かに……殺された? 」

思いもよらぬ真実に、玲花はどう反応していいのか分からなかった。

「しかも、現場にはとても強力な霊力を感じた。一般の人にはわからないものだけどね。わかりやすい言葉で言えばそれは“呪い”だった」

「私の両親は……誰かに呪い殺された? 」

 札木家の不審な死。それは何者かによる呪いのせいだということだろうか。玲花の奥底からはなんと見えぬ怒りが沸き立つとともに、自身も呪い殺されてしまうのではという恐怖を感じた。

「その恐怖は正しいものだ」

 封戸は玲花の感情を汲み取るように答えた。

「札木家は何者かに狙われている。しかも君が『甲夜』と呼んでいた彼の口ぶりだと、札木家を狙っている者の目的は玲花くん、おそらくは君だ」

「彼岸花と血の香りを放つ少女……」

 凶暴化した際、甲夜は玲花のことをそう呼んでいた。

「彼岸花……玲花くん、何か心当たりはないかい? 」

「いいえ、何も……」

 彼岸花……玲花は考えたが特に思い当たる節はなかった。彼岸花の香りがするなんて言われたことないし、自覚もない。そもそも彼岸花の香りって?

「とにかく相手の目的が君である以上、今後も危険な目に合うかもしれない」

「……」

 昨日までごくごく普通に生きてきたのに、急に何者かに命を狙われているとか言われても……玲花は思った。

「そこで一つ、提案したいのだが。君さえ良ければ、しばらくこの屋敷で生活してみないかい? 」

 玲花はなんとなくそう言われるような気がしていた。たしかにここにいれば彼女自身も安心だし、どうしてここまでしてくれるかわからないけど、守ってくれようとしている探偵事務所の面々からすれば、私が近くにいた方が都合がいいはずだ。だけど……

「由佳ちゃんは、このことを知っているんですか? 」

 玲花一人で決められることではない。叔母はこの事情をどこまで知っているのだろうか。

「由佳くんは私たちのように霊を見る力は持っていない。ただ彼女は勘のいいところがあってね。最近君に変なものが取り憑いているみたいだって相談があったんだ。だから君は今日、ここにいるんだ」

 あの不自然なおつかいは、玲花に取り憑いたものをどうにかしてもらうためのものだったのだ。彼女は玲花の思っている以上に色々知っていそうだ。

「もちろん、急にそんなことを言われて受け入れられるともこちらも思っていない。ここにくるかどうかは玲花くんの好きに決めるといい。たとえ君がここにこなくても、相談を受ければ私たちはすぐに君のところへ駆けつけるよ」

 それは封戸の優しさから出た言葉だと、玲花は受け取った。

「……とりあえず一度、うちに帰ります。由佳ちゃんにも話をしておきたいですし。お返事は一晩だけ、待ってもらえないでしょうか? 」

「もちろん。一晩と言わず、自分が納得いくまで考えてくれ」

 玲花は立ち上がり、封戸にお辞儀をして部屋を後にした。隣の事務所からは一香と二美、そして甲夜……いや、生田悟の話し声が聞こえた。

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