1-11 生田悟

「うそ……確かに一緒にいたのはそんなに長い期間ではないけど、ずっと離れずに今まで過ごしたじゃない……どうして……? 」

 甲夜が自分のことがわからないことに、玲花はショックを受けた。

「ご、ごめんなさい……僕、本当に覚えてなくて……」

 そこにいる幽霊の姿は確かに甲夜ではあったが、玲花の知っている少しひょうきんな彼とは違っていた。目の前にいる彼は、真面目で純粋な、好青年という印象だ。

 ショックを受けている玲花の横を通り過ぎ、二美は甲夜の側まで行き、その場で屈んだ。

「ここは封戸探偵事務所です。訳あって、あなたはここへ迷い込んで来てしまいました。思い出せる限りで大丈夫です。あなたのことを少しお伺いしてもよろしいですか? 」

「は、はい……」

 二美の淡々としていながらも、相手を怖がらせまいという、普段とは少しだけ柔らかな口調は、幽霊の彼の警戒心を解いたように見えた。

「あなたは自身のお名前を覚えていますか? 」

「はい。生田悟と言います」

「あなたは……もうこの世の存在ではないという自覚はありますか」

「……はい。僕は癌になってしまってずっと入院していたんです……」

「そうでしたか……」

 二美は少し俯いた。しかしすぐまた彼……悟と向き合う。

「あなたが今覚えていることを、教えていただいてよろしいですか? 」

「1ヶ月くらい前……だと思います、多分。僕は病室で息を引き取りました。目が覚めると、僕は見知らぬ場所で目を覚ましました。辺り一面、霧に包まれていて何も見えません。僕はそこでふと、両親のことを思い出しました。ずっと側で看病してくれた両親……叶うことなら完全に僕自身の意識がなくなる前に一目見たい……そう思いました。だけど歩いても歩いても霧の中から抜け出せなくて」

 彼はゆっくりゆっくり、自身の記憶をたどりながら話をした。

「僕はそんな霧の中で1人の男に出会いました。黒いパーカーのフードを深くかぶっていたので顔は分かりませんでした。僕はようやく人を見つけることができてホッとしました。彼は幽霊になった僕の姿を見ても全く動じませんでした。もしかしたら同じ幽霊だったのかもしれません。僕は彼に両親を探していることを話しました。そうしたら、『力を貸してやる』と言われ、真っ黒い缶バッチを渡されました。そこからの記憶はありません……」

 悟は一気に話をしてしまうと、急に力が抜けたようで、彼の頬を一粒の涙が流れた。人目のあるところで泣くまいと、懸命に堪えているようだった。

「詳しく話をしてくれてありがとう。随分と辛い思いをされましたね」

 二美の優しい言葉で悟は感情が溢れてしまったのか、顔を覆い、彼は声をあげて泣いた。一香は二美に一言「あー泣かせたー」と言いたそうな顔をしていたが、ここは彼女なりに空気を読んだらしい。

 彼の涙が引っ込んだ頃、二美はまた声をかけた。

「ここは封戸探偵事務所で私は助手を務めている霊二美というものです。ここの事務所は少し特殊で、怪異現象や、幽霊からの相談も受け付けています。先程悟さんは、ご両親に会いたいと、そう言っておられましたね? 」

「え、えぇ……」

「ならば、ご両親をお探しするのを私たちがお手伝いすることもできますが……どうでしょうか? 」

「ほ、本当ですか? 」

 悟の顔は一瞬晴れたが、またすぐに下を向いてしまった。

「で、でも……探偵事務所ってことは、依頼料がかかるってことですよね?僕、ただでさえ病気していた高校生で、今や幽霊……払えるお金なんて一銭も持っていませんよ? 」

「大丈夫、大丈夫! 」

 一香の顔はなーんだそんなことか、と語っている。

「悟くんは貴重な情報をたくさん喋ってくれたんだ。それで依頼料はチャラだよ」

 それを聞いて悟の顔はやっと明るくなった。

「そ、そういうことでしたら是非、よろしくお願いします! 」

「では詳しいお話は事務所の方で。姉さんもお願いします」

「はいはーい。じゃあ所長さん、玲花ちゃんの事よろしくねー」

 そういうと3人は部屋から出て行った。玲花はまだ色々心の整理がつかず、ただただ呆然と立っていることしか出来なかった。

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