1-7 探偵事務所の幽霊

「ちょっと、出たとは失礼ね」

「あなたも幽霊でしょ?なに驚いてるのよ」

「むぅぅ……」

 2人に言われてしまい、甲夜は不満そうだ。

「いや、急に出られたら驚かれるでしょ? 」

「そうかなぁ」

「そんなこと言って、玲花だって持ってた紅茶、こぼしそうになってたよ」

「うぅ」

 驚いているところを甲夜にしっかり目撃されていたこと知り、玲花は少し恥ずかしくなった。

「2人は仲良いんだね」

 幽霊は冷めた風に言った。

「それはそうと、あなた誰? 」

 玲花は気を取り直し、今まさに彼女たちを驚かせた幽霊に聞いた。

「私は一香。この家に取り憑いてる幽霊……ってことにしておこうか。あなたが札木玲花ね」

「どうして私の名前を? 」

 他にも聞きたいことはあったが、一香という幽霊に名前を呼ばれたことに、玲花はついつい反応してしまった。彼女に名乗った覚えはない。

「そんなに驚くことでもないでしょ? だって私、こんな体だし。盗み聞きするくらい簡単じゃない? 」

 なるほどと、玲花は納得した。彼女たちは足音が全くしない。たとえ霊感のある人間でも、壁越しの幽霊の存在まではわからない。

「じゃああなた、さっき私が封戸さんとお話ししてるのを聞いていたのね? 」

「幽霊とはいえ、人の会話を盗み聞きするの、僕はどうかと思うな」 

 甲夜は封戸や二美同様、この一香という幽霊に嫌悪感を抱いているようだ。

「そんな堅苦しいこと言わないでさ。せっかく現世でこんな姿でいられるんだもん。君も楽しんだらどう? 」

 一香という子は随分と天真爛漫なようだ。

「あいにくだけど、僕は幽霊ライフを楽しめるほど自由の身ではないのでね」

「なにそれ。どういう意味? 」

 甲夜の発言に、一香は興味津々だ。

「ええっと……」

 そこまで食いつかれるとは思わず、甲夜はたじろいでいる。

「この子、私に取り憑いていて、離れることが出来ないのよ」

「ちょっと、玲花!」

「え、なに?私いけないこと言った? 」

 甲夜は察してくれよとでも言いたそうな顔で玲花をしばらく睨んでいたが、不思議そうな顔をしている玲花を見て、甲夜は諦めた。彼は顔をしかめながら玲花の耳元で囁く。

「素性もよくわからないやつにあまり僕たちのことを話さない方がいいと思うんだよね」

「別に大丈夫じゃない? 一香ちゃんも悪い幽霊だとは思わないし、それに幽霊の方が色々事情もわかるんじゃないかなって思って。もしかしたら、私とあなたがどうして離れられないのか、知ってるかもしれないよ」

「なぁに?私1人を除け者にしてコソコソ話なんて感じ悪くない? 」

一香は玲花と甲夜に向かって大声で言った。

「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて。どうもこの幽霊、この屋敷に来てから機嫌が悪くて」

「そっかぁ。そんなに警戒しなくても、私なにもしないよ? 」

 一香のあっけらかんとした態度は、徐々にではあるが甲夜に対して火に油を注いていく。どうも甲夜は彼女と相性が悪いらしい。しかし彼はなんとか感情を抑えている。その証拠に両手は拳を作り、プルプルと震えている。

「そういうお前はどうしてこんな屋敷に取り憑いているんだよ? 」

 たしかに彼女はどうして成仏せずに探偵事務所なんかにいるのだろうか。幽霊とは、この世に死んでしまったが、この世に未練があるため魂だけが残った形だと、昔遊んでいた霊が教えてくれたことがある。一香はここの子どもだったりしたのだろうか。

「私のことはいいじゃない」

「あー、自分はそうやって逃げるのか!ずるいぞ! 」

 どうやら一香の方が一枚上手のようだ。彼女は素直で真っ直ぐな性格に見えて、意外とミステリアスな部分がある。どうにもつかみどころのない幽霊だ。


トントン


 ドアをノックする音がした。封戸の仕事が終わったのだろうか。

「おっと、そろそろ私の役目も終わりかな。そしたら一香様は、この辺りでお暇させていただくとしよう」

「おい、役目ってなんだよ……!」

 甲夜は一香に突っかかったが、彼女はそれを無視した。その代わりに彼女は玲花の耳元に顔を近づける。

「彼に気をつけてね」

 それだけ言うと、彼女は来た壁の方をすり抜けていった。

「彼女、なんだって? 」

 甲夜は一香が玲花に何かを言っているのに気がついていたようだ。玲花は正直に話した。

「彼……一香さんは甲夜のことを指していたのかな?だとしたらあなたに気をつけろって」

「はぁ?なんだそれ。気をつけるべきはおまえらのほうじゃないのか? 」

「まぁまぁ。落ち着いて」

 

トントントン


甲夜をなだめていると再びノックの音がした。

「はい」

 玲花は再び鳴るノックに返事をした。

「お待たせして申し訳なかったね」

 そこには背の高い老人……封戸が立っていた。彼は一度立ち止まると、一瞬ではあったが玲花ではなく、後ろの何かに目線を合わせているように見えた。甲夜の言う通り、彼もまた、見える存在なのだろうか。

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