1-6 疑惑

「ねーえー。用事済ませてさっさとここから離れてくれるんじゃなかったの!? 」

 部屋を案内された後、二美が部屋からいなくなったのを見計らって、甲夜が騒ぎ出した。

「ごめん、なんかうまく断れなくて」

「いくらでも断り用はあったよね!? 」

「そうなんだけどさ……」

 玲花は申し訳なさそうに続ける。

「ちょっと気になっちゃったんだよね、お父さんのこと」

「え? 」

「私の両親、事故で死んじゃったって話は前にもしたよね? 覚えてないのはもちろん、誰もなにもお父さんとお母さんのこと教えてくれなくて。だから、ここで働いていたお父さんのこと、聞けるかもしれないって思ったらなんだが断ることが出来なくなっちゃって」

「……それ、封戸って人の出まかせかもしれないじゃん」

 甲夜は小さな声でつぶやいた。

「だってあいつは叔母さんから君のことを聞いてたみたいだし、お父さんのことを聞いててもおかしくないだろう? それに玲花が両親のことを覚えてないなら何を言っても確かめようがないだろう? 」

 「あなたはどうしてそんなにここが、そして封戸さんが嫌いなのよ。話した感じ、悪い人じゃなさそうだったけど」

 玲花はここへきてから様子がおかしい甲夜のことを不思議に思った。

「だってあの人……怖いし。なんか、僕のこと見えてたっぽいし」

「そうなの? 」

 玲花の声は思わず裏返ってしまった。甲夜のことが見えてる……つまり封戸は霊感のある人間だと言うことだ。たしかに彼は時々、玲花の後ろに目線を移すことが多かった気がする。玲花も一瞬、封戸は自分の後ろに取り憑く幽霊のことが見えるのかもしれない、という考えが頭をよぎったが、まさかと自分に言い聞かせ、その場で考えるのをやめた。見えるか見えないかなんて確かめなければわからないことだし、「あなたは幽霊が見えますか?」と聞いて、もし見えなかった場合、この人は一体何を言っているんだろう思われてしまうことが目に見えていたからだ。

「本当だよ。だってあの人、僕の方をチラチラ見てたし」

「気のせいだと思うよ」

「何度か目が合ったし」

「み、見えてたからって何なのよ。見えるからって悪い人なわけじゃないでしょ」

「そうだけど……」

 甲夜は玲花に自身の感じ取る違和感をうまく伝えることが出来ず、もどかしそうだ。

 


トントン


2人が話をしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「はい」

 玲花は返事をする。甲夜はさっきまでの勢いはどこへやら、口を噤み玲花の後ろにぴったりとくっついた。

「失礼いたします」

 ドアを開けたのは二美だった。彼女はキャスターのついたキッチンワゴンにポットとティーカップ2つ、そして先程玲花が持ってきたラスクを乗せてやってきた。

「封戸所長はまだお見えになりませんが、お先にどうですか? 」

返事も聞かずに、二美は玲花の前にソーサーの上に上品そうなティーカップを乗せた。どちらもバラの花の絵が描かれている。

「い、いただきます……」

 こちらの返事も気にせず、テキパキと仕事をする二美を見て、無視をするのも気が引けたため玲花は二美の質問に答えた。しかし彼女は質問の答えを聞く前にカップの中に褐色をした飲み物を注いでいた。

「紅茶はお詳しいですか? 」

「い、いえ……」

 玲花は紅茶を飲まないわけではないが、大体うちにあるのはスーパーでよく売っている有名なメーカーのティーバックだ。それ以外のものは知らない。

「今お出しした茶葉はディンブラ。スリランカで取れるもので、セイロン紅茶と言ったら大体この茶葉です」

「紅茶、詳しいんですね……」

 二美が言っていることを、玲花は半分も理解することができなかった。

「所長が好きなんです。淹れているうちに私も覚えました。ディンブラはそのままでもミルクを入れても美味しいです。カップに入れてしまった後に聞くのもなんですが……ミルクはお入れいたしますか? 」

「大丈夫です……」

 玲花は二美の勢いに少々圧倒されてしまった。こんなに話す人だとは思わなかった。

「そうですか。それではティーセットはこちらに置いておきます。ポットの中にはもう1杯くらい残っているかと思いますのでごゆっくり。所長のお仕事が終わるまで、もう少々お待ちください」

 それだけ言い残すと、彼女はティーセットの置かれたワゴンを置いて部屋を出た。

「なんだ?あいつ」

 玲花と2人きりになると、ようやく甲夜が口を開いた。

「さぁ? 」

「あいつも見えてると思うんだよね、僕」

 彼はこの屋敷にいる人みんなにケチをつけたいらしい」

「そう? 彼女、ほとんど手元しか見てなかったから、私はそう思わなかったけど」

「あいつは封戸みたいに僕みたいな幽霊をやり過ごせないからあえて見なかったんだ。それとも、僕たちのことが怖いのかな? 」

「全く、適当なことばっか言って」

「ねぇねぇ、さっきから何の話ししてるの?わたしもまーぜーてー!」

 玲花がティーカップを持ち上げた瞬間、幽霊が壁から飛び出してきた。玲花はびっくりして、思わず熱々の紅茶をひっくり返しそうになった。

「う、うわー!出たー!!」

 彼女よりも驚いていたのは幽霊の甲夜だった。

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