1-2 記憶を失くした幽霊
物心ついた頃から、玲花は普通の人が見ることのできないものを見ることができた。なぜなのかはわからない。彼女は幼いながらに、それは普通ではないということを理解していた。だから幽霊が見えるなんて誰にも話したことはなかった。叔母の由佳にも……死んだ両親にも。
そもそも、玲花は両親のことなど覚えていない。両親は玲花が3歳になる前に亡くなった。交通事故だったらしい。生まれてすぐに一人ぼっちになってしまった玲花は母方の祖父母の家に引き取られた。祖父母の家は自然に囲まれた山にあり、玲花の遊び場はもっぱら中庭を出てすぐにある裏山だった。裏山には昔からある祠があり、そこは幽霊や精霊などの吹き溜まりになっていた。玲花は学校に友達がいなかったわけではないのだが、家へ帰ってしまうと近所には子どもがいなかった。兄弟ももちろんいないので遊び相手がいない。そこで彼女は祖父母に内緒で祠のところへ行き、よく幽霊たちと遊んでいたものだ。
高校進学の際、玲花は12年近くを過ごした田舎を出て、東京へ行くことを決めた。祖父母と過ごす時間は穏やかで心地の良いものではあったが、年頃の彼女には少々刺激が足りなかった。玲花は東京にある高校を受験し、無事合格した。都会で一人暮らしをするには少々ハードルが高かったため、彼女は東京で編集の仕事をしている叔母を頼ることにした。
甲夜という幽霊……正確には玲花が甲夜と呼んでる幽霊の少年が玲花に取り憑いたのは、由佳の家へ来てしばらくしてからのことだった。
「あなた……誰? 」
「そう言う君は誰? 」
玲花が学校から帰ってくると、色白で細い、弱々しい少年が玲花のベットから半身を起こした。どうやら彼女が学校へ行っているうちに入り込み、ベットの上で寝ていたようだ。
「私は札木玲花。この部屋の主人よ。あなたみたいな幽霊が急にいてびっくりしているところ」
「そうか、僕は幽霊なのか……玲花、君と同じ姿形をしているけど全然違うみたいだね」
「あなた……自分が何者なのか、わからないの? 」
自分の部屋に見知らぬ幽霊がいても玲花が驚くことはない。幼い頃から幽霊を見てきたのだから。しかも目の前の幽霊は、おそらく彼女と同じくらいの年齢の少年だ。玲花は彼に少し、親近感を覚えた。
「思い出せないんだ……僕は何者なのか、どうして君の家で寝ていたのか」
彼は頭を抱えた。頭の中から一生懸命記憶を引き出そうとしているようだった。
「まぁいいわ。ねぇ、どうせ行く当てがないんならしばらくここにいれば? 」
「へ? 」
玲花の提案に彼はキョトンとしていた。
「そうしてもらえるのはありがたいけど、それって君にメリットある? 」
「私、こっちへ来てまだ友達できてないの。あなた、ちょうどいいタイミングに来たわ。記憶を思い出すまで私の話し相手になってよ」
「ふふふ……」
控えめではあったが、彼はここへ来て初めて笑った。
「君、面白いね。ここに来て初めての友達が幽霊でいいの? 」
「私に言わせれば人間も幽霊もそんな大差ないのよ」
玲花は幽霊に微笑みかけた。
「じゃあしばらくお世話になることにするよ」
「よろしくね。不思議な同居人さん……名前がないと不便ね……」
玲花は顎に手を当てて考え込んだ。
「甲夜……」
「なんて? 」
「今日学校で古文の先生が教えてくれたの。夜を5つに分けた時、それぞれ名前があるんだって。今は午後7時……7時から9時までの時間を甲夜って言うんだって。そこから取ってみた」
「なんか、かっこいいね。気に入ったよ」
彼、甲夜の顔は喜びに溢れているようだった。
「じゃあ、改めて。よろしくね、甲夜」
「うん。よろしく、玲花」
こうして玲花は、記憶を失くした幽霊と友達になった。空気がじめじめとして、梅雨の足音が近づいてきた5月の出来事だった。
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