第2話 120歳、大往生したら大聖女と言われました。

 「ご臨終です。」


 老人ホームの一室。

 ベッドに仰向けになって目を瞑っている一人の老人女性。

 辛うじて見える肌はどこを見てもしわくちゃで、みずみずしさは欠片もない。

 それでもベッドの周りには数人の老人ホーム仲間と職員と見られる数人の男女。


 身体の各部を確認した後に、在宅介護の先生に診断され死亡確認を受けた一人の老人。



 先月120歳になり、老人ホームで誕生パーティをしたばかりの彼女の名は姫川聖ひめかわひじり

 彼女も真賢同様、中二病を拗らせかなりのヲタクと呼ばれる程沼に浸かっていた。

 ついでに少し腐ってもいた。所謂腐女子であった。

 しかし彼女の人生が勝ちか負けかは誰にも判断は出来ない。。

 120歳を迎えたその日まで男性経験はゼロ。

 夜のお店どころか合コンにさえ行った事のない、純粋無垢。

 だからといって若い頃の見た目が悪いというわけでもない。


 出会いがない……ことに加え、所謂コミュ障というものを患っていた。

 もちろんそれは自称するものであり、診断されたわけではないが、異性との関りが殆どなかったために接し方もわからず年齢だけを重ねていった。

 気が付けば……親族には疎まれ、邪魔者扱いされて行き着いた先は老人ホーム。

 家族の子孫に進められるがままに入居した老人ホームだ。

 厄介者払いされた形で入居した老人ホームでは、所謂出会いというものがあった。


 ヲタク同士は惹かれ逢うとはよく言ったもので、そこで出会った老人男性からは自分と同じ匂いがした。

 加齢臭という臭いではない。


 同じ、異性との付き合い方を知らない匂いを一人の男性から感じていた。

 ちょっとした挨拶をすると、これもまた元ヲタクの特性なのか、自分の話題にあった事に関してのみ饒舌となる。


 そして話しているうちに同い年という事もあり意気投合、茶飲み友達として昔話に華を咲かせながら余生を過ごす事になった。

 気が付くと後から入居した者達が逝く中、20年近くの時を二人は老人ホームで過ごした。


 手が触れ合うだけで赤面してしまう二人は周りの老人に揶揄われながらも、いつ来るかわからない迎えがくるその時までを精一杯生きてやろうとあがいていた。

 

 彼女は若い頃は病院で働いていた事もあり、職場では「聖女様」、または名前を捩られ「聖姫せいき」なんて揶揄されていた時期もある。

 そして異性との関りもない事から「鉄壁の聖女」なんて言われる事も。

 その実はコミュ障からくるおひとり様継続中なだけだったのだが……

 

 そんな鉄壁の聖女様も歳と共に疎まれるようになり、定年退職を期に趣味のヲタ関係を悪化させ……

 独り暮らしのアパートは借りていた2部屋を圧迫するに至っていた。 


 家族の子孫はそんな老婆を厄介払いするかのように100歳を超えた頃、老人ホームに送り出した。

 部屋のヲタグッズの殆どは勝手に専門の店に売られ、老人ホーム資金に充てられた。

 そのような事をしなくても、病院で働いていた頃の資金と資産運用で充分賄えたのだが。


 半世紀以上前の作品のグッズが色々高値で売れたりとかはあるけれど、それをリアルタイムで収集していた者からからすれば簡単に納得出来るものではない。

 自作同人誌等の黒歴史すら存在していたというのに。


 そうして完全な独り身となった彼女は老人ホームの出会いをきっかけに行けるところまで生きてやろうと決意する。

 気が付けば気の合った男性と共に120歳。

 もしかすると、その時に抱いていた感情が「好き」だったのではないかと思う程には充実していた。


 「来世ではもっと若い時に出会って青春を謳歌したい。」

 男性がそう言った時、自分も同じ気持ちだった。


 しかし彼は先に逝ってしまった。

 彼もいなくなり、この世の終わりだと思うと、途端に生きる気力を失ってしまう。

 日に日にやつれていき、唯一喉を通ったのはくすねていた男性の遺骨の一部。

 

 そんな彼女も男性に遅れる事数日、唐突にこの世を去る。男性と同じく老衰、大往生だった。


 聖が再び意識のようなものに目覚めた時、1対1の面接会場のような場所にいる事がわかる。 

 目の前には、何となく女神のような姿をした人物。


 「お主は30歳で修道女、60歳で大修道女、90歳で聖女と呼ばれる程の偉業を現世で成した。」

 「そしてこれは初めての事なので神々の中でも異例の事だが、120歳まで清い身体でいたお主には……大聖女であることを認めよう。」


 「ふむ、同じようなやり取りを先程もしたような気がするのう。」


 その言葉を聞いた聖は、それがあの男性……真賢の事ではないかと推測する。


 「次の輪廻では地球の人間というわけにはいかないが……大聖女として活躍出来る世界の、一応人間として生を受けられる。」

 大聖女として生きていけるのならば120歳まで男性の神秘に触れて来なくて良かった、手を握るだけで赤面してしまう程初心で良かったと思っている。


 「そうさな……お主が若い頃に読んでおった……ラノベ?異世界転生?のような世界にな。文明的にはごった煮という感じで基本ベースは日本でいえば戦国の時代後期くらいかのう?」

 「武器や魔法を駆使して生き物同士が国や土地等を奪い合ったりもしておる、もっともそうそう大きな戦争のようなものがあるわけでもないがな。」

 

 「色々な種族がいる分、仮想世界好きの人間には面白い世界ではあると推察しておる。」

 「定番の冒険者とかダンジョンとかもあるでな。中二病?腐女子?を拗らせていた事のあるお主達には楽しめると思うぞ。」


 「ふむ、このやりとりもやはりしたばかりのような気がするのう。」


 「では、輪廻の旅に出るが良かろう。」

 女神のような存在はそれだけ言うと、書類に判子を押すかのようにパンと机の上に何かを押し、聖の意識は再び薄くなっていく。


 そして聖は輪廻の輪に従い次の生へと旅に出る。

 どうやら返事や異論は赦されないようだ。

 問答無用で生者だった者は輪廻の流れに乗る。


 そして聖は意識を取り戻す。


 双子の兄を持つ妹として。


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