第3話「嗤う少女」

リリーの仕事は単純なものだった。


魔王が起きる前に食事を食堂から運び、魔王が起きればシーツを替える。


玉座と寝室の掃除をして、風呂の用意をする。


それが終われば、魔王に呼び出されない限りその日の仕事は終わりとなる。


だが、初日ということもあってそれだけで疲労が溜まった。


チリン…チリン……


これは魔王がリリーを呼ぶベルの音だ。


すぐに私は向かう。


「ただいま参りました。陛下。」


扉を開けると魔王は酒を飲んでいた。


「どうだ、ここの生活は。人間の国とどちらが良い?」


これで人間の国と答えようものなら私の前のメイドのように悪臭を放つことになるのだろう。


「ここの生活は素晴らしく快適だと思います。」


「ハッハッハッ!!やはりな!」


魔王はとても大きな声を出していた。


「……あ。」


私は気がつく。


魔王の顔はどことなくあの人に似ていた。


「む?余の顔に何か付いておったか?」


「…いえ、失礼かと存じますが、陛下のご尊顔が恩人に似ているような気がしたので…」


「フム、貴様にも恩人がおったか。どのようなやつだ?暇潰しになるので聞いてやろう。」


私はこの話をする気はなかったが、ここまで言ってしまったならはぐらかすことも出来ないだろう。


「その人は名を…」


一瞬の静寂が流れる。


魔王が酷く驚いた顔でワインが入ったグラスを落としたのだ。


「…どうかされました?」


「…いや何でもない…。続けたまえ。」


私は彼女の話を魔王に話した。


私が彼女の死を伝えた瞬間だろうか。


魔王は酷く青ざめ、全身から汗が噴き出していた。


「…そうか。それは辛かっただろう……。」


魔王の瞳は泳いでいて表情が固まって動かなかった。


「今日は自室に帰り、眠れ…。これは命令だ。」


私は一礼して自室に戻った。


「…遂に見つけた。」


私はここに長居は出来ないようだ。



私は次の日もそのまた次の日もしっかりとしっかりと仕事をこなしていった。


一週間が経った頃だろうか、私は休暇をもらって城下町を歩くことにした。


私がこの一週間で知ったことは、この国の技術は多少人間の国に劣っているが、種族としての質がそれを補っていること。


この国の土地は痩せていて食物がなかなか取れないこと。


この国の者はほとんどが古代文明の残骸を住処として暮らしていること。


「そこの人間のお嬢ちゃん、薬はいるかい?飲めば極楽吸っても極楽。最高の一品だよ。」


どこへ行ってもクスリというのはあるそうだ。


「それよりも、この植物が欲しいんだけれど…。」


───商人は満足そうに去っていった。


「毎度あり~!」


私は城へと戻る。


なにやら騒がしい。


「どうしたんですか?」


メイド長に聞くとどうやら魔王の様子がおかしいという。


「私が見に行きます」


コンコンコン…


応答がない。


扉を開けた瞬間、私は頭痛で倒れてしまった。






「…ぅ……あ………」


私が目を覚まし、声にもならない声をあげる。


私はゆっくりと立ち上がると、部屋が荒れていることに気がつく。



…そして、魔王の足がピクリとも動いていない。


魔王は既に死亡していた。


その死相は苦しみ、恐怖、絶望の入り交じっていた。


私は思わずその場を立ち去る。



魔王城から逃げてしまったのだ。




私がやったわけではない。


「ローズさんの…ローズさんの暮らしていた環境に不満があったからこそ、ローズさんは冒険を始めたんだ。」


そう、魔王がローズの親族ならば魔王に復讐するべきは私。


他の誰かに取られたことは腹立たしかった。


しかし、私は既に逃げることを選択していた。


今更戻っても私が犯人になるだけだろう。


私は走り続けていった。


不思議と少しの間だが共に暮らした者達との別れに寂しさというのはなかった。


しかしベゴニア…彼だけが少し気になる。


私は再び逃亡の旅を再開しなくてはならなかった。


「どうせ…どうせならばローズさんの旅路をマネして見ようかしら…。」


私は決めた。次の旅の行き先を。


人の死を目の当たりにしたばかりだが、私は少し気分がよかった。


魔王の死などどうでも良い。


私は今から、ローズさんのお話のさまざまな舞台や登場人物達と会うことになる。


昔の彼女、私の知らない彼女が見ていた景色。


「…見てみたい。」


私は少し笑みを浮かべた。

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