序章・冬に眠る種

第2話「魔の暴君」

あれから二年の月日が流れた。


ネオンの街はもはや少女のことを忘れ、誰かが思い出したようにその話をすれば「あーあったなそんなこと」と彼女の半生を皆酒の肴にしていた。


少女はもはや生きたのか、死んだのか。


今、彼女の姿は暗い街にあった。


少女は街道の真ん中を歩き、その先の城へと向かった。


城門には二人のフードを被った門番が腕を組んでいるのが見える。


近づくとそれは少女よりも一回りは大きい。


「おい、そこの小娘…いや、人間。何故ここにいる。お前のいるべき場所ではないぞ。」


少女が門をくぐろうとするのを門番が止める。


少女の肩を掴んだその手は毛深く、深く被ったフードからは馬のような口元が見える。


「人間の国に故郷を追われて…やつらに復讐をするために魔王陛下の御身の為ならばなんでも致す所存です。」


「…最近人間同士が争い合っているという話はよく聞く。哀れな娘よ、ついてこい。」


黒い肌と邪悪な角を持つ門番がフードを外して城門の中へと私の手を引いていく。


門を抜けるとそこにはスクラップと無数の死骸が頭が痛くなりそうな腐乱臭を放ち続ける。


「…よく吐かないな。皆、初めは口を押さえているものだが。」


「私はこの臭いの方がまだマシです。二年前…いえ、それよりずっと前から私の鼻には人間の欲望と業が入り交じった臭いが付きまとって仕方ないのです。」


「…いやなことを思い出させてしまったか、すまなかった。そのようなつもりはないんだ。」


私は彼の言葉に返事はしなかった。


それよりも私は彼の顔をずっと見ることに夢中だったのだ。


少し、腹立たしい。火傷の痕を気にしているのか、どんな理由があるのかはわからない。


彼は決して私に顔を見せなかった。


「…ところで、門番さん。お名前をうかがっても?」


「…ベゴニア。ただのベゴニアだ。」


「…そうですか。」


扉までつくと鎖がぶつかり、少しずつ扉が開いてくる。


まるで中世の城のような光景が目の前に広がるが特に何の感情もわかなかった。


「…ところで私の名を言ったのだ。お前の名も聞きたい。」


突然のことに驚いて、私は言葉が出なかった。


とても懐かしい記憶がよみがえる。


どんなにひどい環境でも彼女だけは私の心を癒してくれた。


私は再び、あの酷く苦しく、そして楽しかった日常に戻れるのかもしれない!


「…私の名前は!」


ガチャン!


「お通りくださいませ!!」


兵士の大声が私の言葉を詰まらせた。


「申し訳ございません。いつかまたお話するときに。」


彼はなにも言わなかったが、握られていた手の力が少し強くなったように思えた。


兵士はベゴニアを見つけると皆寄ってくる。


「団長!」


「ベゴニア団長!」


どうやらベゴニアは魔王軍の団長を務めているらしい。


ベゴニアは兵士に「急いでいる、道を開けてくれ。」と頼むと早足で兵士を掻き分けながら進む。


ベゴニアは私を玉座まで連れていった。


「───陛下!」


ベゴニアは跪く。


私もそれに釣られるように跪いた。


「…うむ、面を上げよ。ベゴニア。名も知らぬ客人よ。」


私が顔を上げた瞬間、周りの人々は悲鳴をあげそうになるものや気持ち悪いと吐き捨てる者もいたが、気にしようとは思わなかった。


「…なんて醜いんだ。」


魔王は笑いを堪えるような、驚くような声で呟く。


魔王と素顔を見ようとしたが、城のなかはほとんど灯りがついておらず、玉座は完全に暗闇のなかだった為、魔王の顔は見れなかった。


「…さて名も知らぬ客人よ、お前は何故ここにきた?」


「人族に復讐をするためです。陛下の為、復讐の為ならば命は惜しくありません。」


魔王は大きな声で笑いだした。


「これは傑作!奴らは同じ種族にまで恨まれるとは愚かの極みだ。」


笑っているのは魔王だけではなかったが、皆無理矢理笑っているフリをしているのはわかった。


「面白い、娘よ。お前を私だけに仕えるメイドとして雇ってやろう。元の専属メイドは処分しろ!」


私は気がつく。


先程の死骸の山にメイド服の切れ端が残っていたことを。


「…ありがたき幸せ、御身に尽くす所存です。」


魔王との謁見が終わり、ベゴニアが私の部屋まで案内する道中に独り言のように呟いた。


「我々魔族は、皆が皆理性的な種族ではないため、王は最も強大な力を保有する者が君臨する。奴はあの座を200年間我が物にしている。あの暴君は数十年前に娘が出ていってからというもの、その傍若無人な行いは更に激しさを増した。」


その娘のことを聞いたが名前も教えてもらえなかった。


その日はあまりの眠気で部屋についた瞬間、眠ってしまう。私は久しぶりにフカフカのベッドで眠ったのだ。


────「…ー。…リー。」


ローズさんが私にいつものようにお話をしている。


懐かしいような感覚だ。


「あれ…?わたし寝てました?ローズさん。」  


ローズさんは「少しね。」とだけこたえる。


「リリー。私の夢はね、誰も差別に苦しまなくても良い世界を作りたいの。」


「うん!ローズさんの夢は私の夢だから!私も困っている人がいたら助けたいもん!」


ローズさんは優しく笑い、私の頭を撫でてくれる。


「もう、リリーったら……」


ローズさんが私の頭をくしゃくしゃに撫でる。


「ちょっと、ローズさん!くすぐったいよ!」


するとローズさんの顔には表情がなくなり、私の髪の毛を掴んで乱雑に掻き乱す。


「い、痛い!いたいよローズさん!やめて!」


私は一生懸命その手を止めようとするが、あまりの力で振りほどかれる。


「困っている人を助けたい…それなのに…」


「それなのに……」


ローズさんの声色は低く、不気味になっていく。


“それ”は私と目を合わせる。


「なんで私を助けてくれなかったの!!!」


“それ”は空っぽで、目も歯もなく、皮膚は渇ききっていた。


「───ハッ!!!」


私は目覚めると全身から滝のような汗を流していた。


今、あのことを思い出しても手が震えるほどの後悔や喪失感が私を襲った。


私はすぐに汗を拭く。


全身の寒気が収まらず、“あれ”に私の全身が奪われような気分だった。


もう朝の四時。あと一時間で仕事が始まる為、私は準備を急いだ。

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