ネオンは魔王を生み出した
オールマッド
第1話「ネオン街より」
少女は走り続けた。
裸足でアスファルトの上を走り続けていた。
皮が捲れて足の裏が血だらけになるほどの壮絶な痛みすら少女にとっては痛みとすら思わなかった。
このネオン街の狂気は少女の心と体を何倍も苦しめ続けたからだ。
────少女は捨て子だった。
このネオン街では当然のようにある娼館の玄関口の横にバスケットが置かれていた。
シロツメクサが乱雑に敷き詰められたバスケットに赤子の頃の少女はタオル1枚に包まれていた。
少女には「名前はリリー」と書かれた紙と鈴蘭が一輪添えられていた。
リリーはそれから娼婦やその客人に奴隷のようにこきつかわれることはもちろん、酷い暴力でいつも身体中アザだらけだった。
そんなとき、一人の客人がかけたコーヒーがリリーの顔に大火傷を負わせた。
リリーの顔は若くして娼婦としても使い物にならなくなってしまった。
それからリリーへの暴力はエスカレートし、時には刃物で切りつけられることもあった。
リリーが12歳になったときのことだった。
リリーが暮らしていた娼館を経営していたギャングから一人の女性を連れてきた。
名はローズ・ホワイト。
ローズもまた、娼婦として働いていた。
リリーはまた、自分を虐める人が増えたと思った。
リリーがいつものように使い終わった部屋の掃除をしていたときのこと。
「アンタさ、どうしてここで働いてるの?」
ローズがリリーに話しかける。
「…ここにしか居場所がないからです。」
リリーの答えにローズはキョトンとする。
「何言ってんの。こんなとこは居場所なんて呼ばないのよ。」
ローズはリリーの境遇をわかっていたのか、少し悲しい顔をしながら話していた。
「それに、アンタはまだ若いんだから居場所なんていくらでも見つけられるわよ。」
それからローズはリリーに色々な話をした。
大きな体躯をもち、翼で空を自由に飛ぶ蜥蜴の話。人の言葉を話し、魔法を使う老犬の話。ローズの故郷の差別もなく、様々な種族が笑顔で暮らせる王国の話。
それからローズとリリーは少しずつ、仲良くなっていった。
ローズの仕事が終わればリリーはローズに昔の話を聞かせてもらっていた。
「アタシの名前、ローズ・ホワイトって言うだろ?花言葉は純潔って言うらしいんだ。娼婦が純潔ってのもおかしい話だけど、アタシはこの名前が気に入ってるんだよね。」
リリーはローズの使う部屋にはいつも白いバラが飾ってあったことを思い出して納得した。
「そんなことないよ!ローズさんらしい良い名前だと思うよ!」
「このかわいいやつめ~!こ~してやる~!」
ローズはニヤリと笑い、リリーの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「やめてよローズさんあはは!くすぐったいよ~!」
それからもローズとリリーのお話は続いた。
「アタシも昔は冒険家だったんだけどさ~」
「アタシの知ってる森には耳のとんがったやつらがいて~」
「高いお山に巨大なお城を作った小さな人間たちが~」
リリーはどの話も好きだった。
こんなに自分のことを可愛がってくれるローズが大好きだった。
そして気づけばリリーは15歳の誕生日を迎えていた。
この国では15歳が成人なのだ。
ローズがいつものように仕事がおわり、リリーが来るのを待っている時だった。
せっかくの15歳の誕生日、ローズはリリーのためにケーキを持って待っていた。
「…ローズ。」
ギャングから娼館の経営を任されている男が入ってくる。
「どうしたんだい?館長さん。」
男は酷くイライラした顔をしていた。
「最近、アイツのことを可愛がっているらしいな。」
ローズはすぐに見当がついた。
「…リリーのこと?」
「あぁそうだよ!何故そんなことをする?」
男は壁を殴り、ローズを脅す。
「…何が悪いって言うの。あの子は何も悪くないわ。」
ローズは少し怯えた声で話す。
「…あぁ、アイツは悪くないかもな。」
男はある1枚の手配書をローズに見せる。
「これ、お前のことだろ?魔族ローズ・ホワイト。これを見たときは驚いたが、すぐにわかったぜ。偽名を使うこともせずに人の姿に変装するだけなんて、俺を侮ってたのか?このクソ魔族。」
ローズは秘密を知った男を殺すしかないという思考に陥った。
「…ッ!!!」
だが、倒れていたのはローズの方だった。
「拳銃だよ、最近魔族も簡単に殺せる銃が開発されてな。お前はそれで胸を撃ち抜かれたんだよ。しぶとい魔族でも胸を撃ち抜かれればせいぜい残り1時間の命だってな。」
ローズは激痛で動けなくなる。
「それに今のお前みたく動くのこともほぼ出来ないらしい。拳銃と弾1発で金が無くなっちまったが、お前の死体を国にやれば俺は大金持ちだ」
その時だった──。
「ローズ…さん……?」
リリーが部屋に入ってきたのだ。
目の前には男がローズを殺している光景が広がり、リリーは青ざめる。
「リリー…逃げ……て………」
ローズが掠れた声でその言葉を発するのに精一杯だった。
リリーはローズの言葉で泣きながら逃げ出した。
「あっこの!待て!」
男はリリーを追いかけようとするがローズが足を掴んでリリーを逃がす。
「このっ!邪魔だ!」
男はローズの手を思いきり踏み続ける。
ローズは最後の力を振り絞り、男の足首を握りつぶす。
リリーはひたすらに逃げていた。
グッと涙を堪えて走り続けていた。
ネオン街を抜けて、住宅街をひたすらに走っていた。
気がつくとリリーは舗装すらされていない道を歩いていた。
振り向けば赤い光が町を覆い尽くしていた。
赤い光はリリーの所へ来る様子はなかったが、リリーは再び振り返り歩き続けていた。
リリーは安心したのか、我慢していた涙が溢れ出して泣いた。
真っ暗な夜空にたった一人、少女は泣き続けた。
その嘆きを隠すように、共に風が泣き叫んでいた。
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